こんにちは。ズッキーです。
今回の記事のメインイベントは、妻念願の中国茶器探しです! 鶯歌のディープな魅力を感じながら、運命の茶壺に出会ったお話です。
鶯歌へ
私たちはパイナップルケーキのお店を出て、バスに乗って、台北站へとやってきました。私はこの時まで、台北站を正面から見たことがなかったので、こんなに大きな駅なのかとびっくりしました。台湾は小さな島なのに、規模感が大陸中国に似ていてビックリしました。もちろん、大陸の方が巨大ですが……。


バスを降りて、台北站の駅舎に入る前の通路には、段ボールや旅行バッグの山がたくさんありました。見ると、ホームレスっぽい人たちが自分の荷物に寄り添っています。北海道は寒すぎて、ホームレスを見る機会があまりないので、懐かしい気持ちになりました。居心地良さそうな駅ですもんね。暑い日に地べたに寝転んだら、きっと気持ちいいでしょう。

というわけで、駅の案内ボードに従って、駅の地下に降りました。私たちが今回使うのは、台鐡です。たぶんICカードでも入れるのだと思いますが、よくわからないので、切符を買っちゃいました。切符の方が駅の名前が印刷されているので、自分たちの足跡もわかって、いいですよね。
鶯歌(Yingge: イングー、インゴー)は、行政区画上は、新北市鶯歌区というところにあたり、位置としては、台北の南西にあります。台北站からは電車で35〜40分くらいで着きます。私たちが行く鶯歌陶瓷老街は、鶯歌車站から10〜15分ほど歩いたところにあります。
鶯歌陶瓷老街は台湾最大の陶磁器の産地として有名な街です。『地球の歩き方』によると、清代から続く窯業は、200年の歴史があるそうです。量産型陶磁器から一点物高級陶磁器まで、かなり幅広い価格帯・品質の陶磁器が扱われています。

電車に乗っていると、自転車と一緒に乗り込んできた人がいました。欧米ではよく見られる光景ですが、台湾でも自転車持ち込みオッケーなんですね。電車の造りもそれに対応しているのか、椅子のないところに自転車を置いていました。日本もできたらいいのに、と10年以上前から思っていますが、日本は人口密度が多すぎるのかもしれませんね。
そんな感じで、目的地まで、ぼや〜っとしていました。寝ているわけでもないのに、「今どこの駅だっけ?」とハッとすること数回、鶯歌できちんと降りられたのは、妻のおかげでしょう。
日本と違って面白いのは、降りる時に自動券札機で切符が回収されないことです。いや、むしろ回収される日本の方が変わっているのでしょうか。あの切符って、どこに消えているんでしょうかね??
ところで、鶯歌(Yingge: イングー、インゴー)と聞くと、ギターリストのYngwie Malmsteen(イングウェイ)に似ていると思うのは、私だけでしょうか。共感者が現れてくれると嬉しいです。
鶯歌でお昼御飯
鶯歌に着いた私たちはコインロッカーに荷物を預けました。迪化街で嬉しくなって、お土産を買いすぎたのです。鶯歌の駅には、ちょっと前までロッカーがなくて駅員さんに預けるシステムだったようなので、最近できたのかもしれません。ちょっと駅員さんにも預けてみたい気もしますが…。
コインロッカーの使用価格は、たしか
- 小型:30元/3時間
- 中型:50元/3時間
- 大型:60元/3時間
だったはずです。間違っていなければ(そして値段が変わらなければ)!!
ロッカーに荷物を預けて、外に出ると、妻が暑さで死にました。前日の台南よりもさらに暑い印象です。妻は、「ここは大焦熱地獄ではないか?」と感じていたようです。八大地獄の一つがこんなところで味わえるなんて、すごいですね! 閻魔様もビックリです!
駅から鶯歌陶瓷老街へ行くには、駅の南側の出口を出て、すぐ右(西)に進みます。まっすぐ進むと、線路の下をくぐれる箇所があるので、1つ目か2つ目のくぐれる箇所で線路をくぐります。そして、くぐったらすぐ次の角を左に曲がります。

この写真のような道が見えてくるので、まっすぐ行けば着きます。ちょっと、日本にはない雰囲気で雑然とした感じがとても良い通りでした。
老街につくと、すぐお昼ご飯です。もう13時も過ぎて、お腹ペコペコです。もう目に入ったご飯屋さんに入ることに。
老街を右に進んだところにあった、Teaday喝茶天(公式HP)というレストランに入りました。レストランは通りから階段を降りたところにあります。通りに面した1階は、やけにオシャレな茶器を売っているお店でした。レストランの方も、オシャレオーラたっぷりの店でしたが、定食がたくさんあり、メニューも写真付きで日本語も書いてあったので、選びやすかったです。
このお店でも、店員さんから何も疑われることなく、台湾語でブワ〜っと話しかけられ、困っている私たちは「なんでコイツら答えないんだ?」という胡乱な視線を送られました。外国人なのだと伝えるも、運んでくる店員さんが変わるごとに、台湾語に早変わり。
誰か、日本人だと気づいてくれ〜!!
頼んだ料理は、こんな感じ。
- 牛肉麺セット(セット=+お野菜・お漬物・蓋碗茶)/400元
- 豆腐か何かのベジタリアンセット/たぶん380元
ホームページ見ても載っているのと違うので、私のはわからず。セットは蓋碗に入ったお茶がついてきます。食後に持ってくるかどうかを聞かれたので、食後にしました。お茶は頼むと、追加でお湯を注いでくれます。7煎くらいまでいけるかはお茶によりますが、少なくとも3煎くらいはお茶の味の変化を楽しめるはずです。
まあ、どちらかと言えば、大事になってくるのは胃内の水分量の方ですね!笑
妻は一杯でお腹の中がチャポチャポになったようで、リタイアしていました。私も2杯でリタイア。このあと、お茶を買う予定もあるので、当然試飲分のスペースは残さなければいけません。

↑牛肉麺の写真。

↑私のご飯の写真。ご飯の半分は紅茶で炊いたご飯。土鍋の中には、数種類のお野菜と揚げた湯葉と揚げパンのようなものが入っていました。その上には、妻の苦手なアイツ(パク氏)がのっていました。
日本でも出てきそうな定食でしたが、圧倒的に量が多かったです。二人とも結構お腹いっぱいになりました。揚げパンのようなものと揚げた湯葉がとても美味しかったです。ちなみに、この料理の中のイチオシは、パッションフルーツで和えたレンコンでした。美味しかった〜!!
茶壺(急須)探し
さて、この旅のシークレット任務の一つ、茶壺(中華版急須)探しスタートです。
実は、今回。
「中国茶の茶器を一通り揃えねばならぬっ!!」( 👁🗨ω👁🗨 )
という妻の願いから、この鶯歌にやってきた私たち。「台湾茶の沼にハマりすぎやろ!」と思っていましたが、私もいつの間にかズルズルと……。お茶の世界は、底なし沼です。

一度鶯歌の入り口近くに戻って、鶯歌陶瓷老街を回ります。老街は三角形の形をしていて、ぐるりと一周できるようになっています。

写真の石碑には「陶瓷老街」と書かれています。
駅からきたら一番入り口側にあるこの石碑あたりが、三角形の頂点の一つです。後から分かったのですが、この石碑を正面にして、左側はちょっと高級な茶器屋(高級品から芸術品レベル)さんが多い印象で、右側は陶磁器が山積みにされた問屋さんが多い印象です。

私たちは何もわからないまま、右回りに進みました。

この日はお祭りがあったようで、街の中は人でごった返していました。店の中は人が少なそうだったので、人混みを避けるように、店から店へと移動しました。
妻が欲しいのは、旅行用の中国茶器と、家用の茶壺(急須)です。おっちょこちょいな私が、妻の気に入っていた急須を割ってしまったので、私も本気で急須を探します。
ただ、本気になり過ぎて、お店の様子を写真に撮り忘れてしまいました。あと、お店の中って、結構プライベートな場所なので、気持ち的に写真が撮りにくかったのもあります。そして、旅がキツキツ過ぎて、疲れてもいました。
人が多い中、お店を見て回ったのですが、二人ともいまいちピンとくる茶壺がありません。私たち夫婦はたぶん凝り性なので、一度見始めると、もうダメです。
やはりこだわり始めると、良いと思うものほど、値段もよいお値段になっていきます。なぜか、どんどん良いなあと思う茶器の価格が上がることに。「これ、いいな」っと思って値札を見て、サッと静かに元の場所に戻すことも。
う〜ん、と唸りながら、お店を見ていきます。私たちはほぼシラミ潰しで見て行ったので、時間もかかり、めちゃくちゃ疲れます。自分達のこだわりを呪いながら、こだわりを捨てられずに見てまわりました。
そして、出会ったのです。
そこは、薄暗いローカルな雰囲気のお店でした。建物の中に複数の店舗が入っていて、お客さんは誰もいません。おばちゃんたちがお店で楽しくおしゃべりしながら、お茶をしていました。

(私)「いい! なんか雰囲気がいい!」
私はなんとなく気に入って、真ん中あたりのお茶屋さんにいきました。お茶屋さんの奥の棚に茶壺が並んでいるのが見えたからです。
※記憶が確かではないですが、「皇城文創藝術館」というところかな〜と思っています。
そして、棚に並んでいた茶器を見ました。
並んでいる茶器は、茶色いシンプルな茶器ですが、形が綺麗で、線が滑らかで柔らかい感じです。蓋もきっちりと閉まっています。それぞれの棚に職人の名前が書いてあり、そこの茶壺が職人の手によるものだとわかります。
その中で、ひときわ輝いて見える茶壺がありました。


(私)「これだ!!」
(妻)「あ、これ可愛いね〜」
店主のおばちゃんもお茶会から立ち上がって、寄ってきて、私たちに話しかけます。台湾語がわからないことがわかると、「これはどう? これは?」と他の茶器も見せてきます。「いや、この形が好きなんだ」と身振り手振りで伝えると、「あ〜」と納得してくれました。
(店主)「これは『西施』というのよ」
(私)「へ〜」
私はその時まで、茶壺の形ごとに、名前がついていることを知りませんでした。『西施』は全体的にボテっとしたお饅頭のような形をしていて、注ぎ口が小さく、持ち手が耳たぶのように下側に膨らんでいます。

他の『西施』の茶壺も見せてもらいましたが、やはり最初に見つけた、それが気に入ってしまい、それを購入することにしました。
横でお茶会をしていたおばちゃんたちが、「どこから来たのか」を盛んに予想していて、「香港」説が有力なようでした。惜しいな(?)。香港じゃないよ!
Japanが一回で通じなくて、ビビりましたが、何度かいうと通じました。私は滑舌が悪いので、漢字で書いた方が早かったかな。お茶会仲間のおばちゃんたちは「じゃあね〜」と去っていき、代わりにどこかのおじさんが(たぶん)お金を借りに来ました。
(おじさん)「こんなに貰えないよ」
(店主さん)「いいから持っていきな」
言葉はわからないのに、雰囲気でそう言っているのがわかりました。このローカル感がめちゃくちゃいいですね。それが終わるとこちらのお客さん対応をしてくれました。

「これは陳威禎という人の作品よ」
と棚に書かれた名前を指差しながら教えてくれました。家に帰ってから気がついたのですが、茶壺の裏側には作成者の名前が彫ってありました。干支が「癸卯」と彫ってあるので、2023年の作品のようです。
店主さんはおもむろに、お水を準備して、茶壺に入れると、そこにあった桶に注いで見せてくれました。
(妻)「わ〜、綺麗!」
注いだ水が綺麗な曲線を描いていて、全然横からこぼれません。私は最初「なんだ??」と思ったのですが、妻の方がそのことに気がついて喜んでいました。
そして、蓋に開いた穴を塞ぐと、水がキュッと止まります。これには、二人ともびっくり。
茶壺内がきっちり密閉されている証です。
(店主さん)「大丈夫そうだね?」
(私)「はい」
(店主さん)「じゃあ、紐で結んであげるね」
蓋と茶壺の取手を赤い紐で綺麗に結んでくれました。

茶杯をあげるから、2個選んでいいよと言われたので、緑色の小さな茶杯を選びました。鯉が茶杯の底にくっついているデザインです。同じものが空港に売っていたら、8個で1000元していてビックリしました。私たちはタダでもらったのに。

茶杯を選ぶと、店主のおばちゃんが壊れないように、茶壺と茶杯を箱にしまってくれました。
(ご存知の方もいらっしゃると思いますが、海外の包装は日本のに比べると、少し包装が軽めなので、注意してください!)
茶壺が箱に仕舞われてからも、私たちは茶壺の美しさの余韻に浸っていました。
(私)「めっちゃかわいいかったね」
(妻)「ね。可愛かった〜」
(私)「いや〜、いい買い物をしたね」
ここまでで話が終わればよかったのですが……。
この話には続きがあります。

この西施という茶壺のことを日本に帰ってから、調べてみたのです。すると、小梅茶荘というお茶屋さんのブログに詳しい情報が書いてありました。
これによると、西施1というのは、楊貴妃2、王昭君3、貂蝉4と並ぶ中国四大美人の一人のことだそうです。「西施」という茶壺の名前はこの美女、西施さんに由来します。ブログ内では、この茶壺を「絶世の美女である西施さんの、特に美しい特徴とされる乳房の形を模したもの」と説明しています。
え、マジで!?
えっと……、もしかして美女の「おっ○い」のことを私たちはずっと「かわいい」「かわいい」と言い続けていたってことっ!?
え〜〜〜〜〜っ!! ホントにっ!!??
ちょっと、ヤバくない???
う〜〜〜ん。でも、そうかぁ……。
い、いや、なにもないです(๑乛◡乛๑)
まとめ
この日は本当にお店の写真を撮り忘れていますね。
それでは、まとめです。
旅の注意ポイント
- 10月中旬の鶯歌は北海道民にとって地獄の暑さ(の日もある)!!
- 台湾の定食は量が多いことがあるので、注意!
旅の新情報
- 台鐡は自転車と一緒に乗ってもオッケーみたい
- 西施壺の形はかわいい!
- 西施壺の名前は中国四大美人の一人、西施が由来
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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脚注
- 西施
Wikipediaによると、紀元前5世紀春秋の人。越王勾践が呉王夫差に復讐のために献上した刺客(?)の一人。要は奸計に使われた女性。勾践は西施にのめり込んで、呉は弱体化したとか。 ↩︎ - 楊貴妃
Wikipediaによると、719年生〜756年没、唐の時代の人。玄宗の寵姫。玄宗皇帝は開元の治というかなりの善政を敷いた皇帝ですが、楊貴妃に出会ってからは彼女に骨抜きになり、国が傾いたと言われます。世界史の教科書にも載っています。 ↩︎ - 王昭君
Wikipediaによると、紀元前51年生〜15年没、前漢の人。漢の官女として仕えていたが、平和と中国のため、匈奴(モンゴル)の単于(王様)に差し出された女性。一部の世界史の教科書にも載っています。 ↩︎ - 貂蝉
Wikipediaによると、『三国志演義』に登場する架空の人物。董卓誅殺のために、男女の関係を利用して、呂布に董卓を殺させるように仕向けた。 ↩︎





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