※表紙の画像はAI生成画像です。
2015年の話です。
私にとっては2回目のフィンランドでした。
私はヘルシンキを歩いていて、道端にいた物乞いにショックを受けました。
こんなに社会福祉が整っていて、素敵な国なのに、なぜ物乞いがいるのでしょうか? やはり、社会のシステムには歪みがあるのでしょうか?
正直、物乞いにお金を渡した方がいいのか、迷いました。
そこで、フィンランド人の友達にどう思うか聞いたところ、「絶対にダメ!」という意外に強い返事が返ってきました。
なぜなのでしょうか?
それは、物乞いへ渡したお金が、人身売買とお金の搾取を維持するための資金源になる可能性があるからです。
この記事では、フィンランドにいる物乞いにお金を渡してはいけない理由について、自分でも調べたことを含めて、解説します。
優しさが悪い人たちを支援することに!?
この記事では、2つのポイントに絞って、この問題を解説していきます。
- 制度の検証
フィンランド国民は、本当に生存のために物乞いをする必要があるのか? - 物乞いビジネスの検証
路上で目にする物乞いの実態は、個人の困窮か、それともビジネスか?
①制度の検証:福祉国家のセーフティネットが保証する最低限の生存
フィンランドの社会保障制度では、最低限の生活が保障されています。収入や資産がなくても、生活は保障されているため、「生活のために、物乞いをする必要はない」というのが、現地の共通認識としてあるようです。
「こんなに社会保障のしっかりした国で、働こうともせず、タダでお金を貰おうという態度があり得ない」
と、友人はプンプンしていました。
Kelaの社会扶助:誰も餓死しない仕組み
フィンランド居住者1が生活に困窮している場合、Kela(社会保険庁)の社会扶助(Toimeentulotuki)という援助を受けられます。
日本でいう生活保護だと思うとイメージしやすいですが、福祉国家の哲学的には、受給資格者が最大限自助努力をした上での権利だということを強調させてください。
これは、他のあらゆる補助制度を全て利用した後の最後の手段と考えられています。
Social assistance is intended to be a source of short-term financial aid that helps recipients overcome or avoid temporary difficulties and promotes their autonomy and independence.
(社会扶助は、一時的な困難を乗り越えたり、自立した生活を促進するための、短期の経済的援助を目的としています。)
Kela.fiより
とあるように、この制度に依存することを目的とした制度ではありません。
具体的な保障の金額
| 家族構成 | 基礎金額(EUR) |
| 独身 | 593.55 |
| 18歳以上同居 | 504.52 |
| 親単身 | 676.65 |
| 18歳以上実家住まい | 455.29 |
| 10-17歳の子供(長男・長女) | 415.49 |
| 10-17歳の子供(次男・次女) | 385.81 |
| 10-17歳の子供(三男・三女) | 356.13 |
| 10歳未満の子供(長男・長女) | 373.94 |
| 10歳未満の子供(次男・次女) | 344.26 |
| 10歳未満の子供(三男・三女) | 314.58 |
例えば、単身で暮らす成人の場合、2025年時点では月額593.55ユーロ(≒10万円)が支給されます。
ちょっと少ないように感じるかもしれないですが、この金額は、住居費(家賃、光熱費、暖房費)などとは別に支給されるものです。
また、食料を得るための支援組織(フィンランド赤十字、ルーテル教会などの宗教団体、ディーコネス財団など)も充実しているため、食料に困ることはありません。
- フィンランド赤十字:これまで述べ81,000人に食料を支援
- ディーコネス財団(Hirundo):シャワー、洗濯、毎日の昼食を提供
つまり、フィンランド居住者には、飢餓と寒さから身を守るための基礎的な生活基盤も公的に保証されているということです。
そのため、もしフィンランド人に現金を求められた場合、それは通常、受け取った給付金を使い果たした後、主にアルコールや薬物などのために緊急の現金を求めている場合が多いと考えられます。
Kelaの現金バウチャー制度
Kelaは、現金の乱用(薬物やアルコール等への依存症物質への転用など)を防ぐため、社会扶助を、食料や医薬品に限定されたバウチャー(金券)の形で提供することがあります。
つまり、食料の提供を申し出たにもかかわらず物乞いがそれを拒否した場合、それは彼らが食料ではなく、現金が必要だと考えているということです。
制度面の結論
フィンランド居住者である限り、食料と住居は、国から保障されていることがわかりました。もしフィンランド居住者で、物乞いをしているとすれば、それは都合が良い現金獲得の手段であることが理由です。
ここまでの話で、フィンランドでは、物乞いをする必要はないことがわかりました。しかし、問題は、物乞いのほとんどが、フィンランド居住者ではないことです。つまり、フィンランド国内の困窮が理由ではないのです。
②物乞いビジネスの検証:物乞いの実態はビジネス的集金活動?
では、フィンランドに居住していない人が、なぜフィンランドに来て物乞いをしているのでしょうか?
そのほとんどは、お金を稼ぐためです。その参入経路は主に2つです。
- 組織的犯罪に加担させられている
- 自発的に稼げると思って来ている
でも、自国が貧しいから海外で働くならわかりますが、物乞いをするのはおかしいですよね?
確認事項:国外からの物乞いはフィンランドの保障対象外
まず、ヘルシンキで目立つ物乞いの多くは、主に東欧諸国(ルーマニア、ブルガリアなど)から来たEU市民と言われています。当然ながら、彼らにはフィンランドの永住権や居住登録がないため、Kelaの受給要件を満たしていません。
つまり、フィンランドの社会福祉システムの対象外です。
物乞いという仕事の合理性
貧しい国の人が海外で物乞いをする理由は、それが最も参入難易度が低いからです。
物乞いには、外国人労働者が最も苦労する、言語やスキルが不要です。
これは、同時に、悪用しやすい性質も持ちます。言語やスキルがないという不自由さは、つけ込む隙になります。また、物乞いの資金源は、主に観光客の同情心であるため、お金の動きがわかりません。
これは、悪用する人にとっては、かなり魅力的な特徴です。
物乞いと搾取のビジネスモデル
フィンランド移民局が運営しているihmiskauppa.fiによると、フィンランドの物乞いの中には、組織犯罪の被害者もいます。彼らは、物乞いをしてお金を稼ぐことを強要され、集めた現金の大部分を搾取者(管理者)に徴収されます。
もう少し詳しくみてみましょう。
yle(フィンランド公共放送局)の2013年の記事によると、物乞いが一日に稼ぐお金は10〜20ユーロと考えられています。非公式(2017年)には、一人の物乞いの「日当」が50〜100ユーロに達することもあると言われています。
例えば、8人の物乞いを束ねている人が、一人当たり10ユーロ/日集金したとすると、
10ユーロ × 30日 × 8人 = 2,400ユーロ/月(≒ 42万円*/月)
*1ユーロ=176.86 円で換算(2025.10.10レート)
の利益が出ます。50ユーロ/日回収すれば、この5倍の利益が出ます。
これが事実であれば、管理者は複数の物乞いを束ねることで、月間数千ユーロもの利益を上げると推定できます。現在では、物価がさらに上昇しているので、その収益はさらに上昇していると考えられます。
とても稼げるビジネスモデルであることがわかります。
また、私の友人の話では、物乞いとして成果を稼ぐために、わざと手や足を切断して、みすぼらしく見せて同情を誘うようなこともするそうです。
もちろん、お金が稼げると聞いて、自発的に物乞いをするために、フィンランドに来る人もいるそうです。
そして、ごく稀に、本当に貧しくて来ている人もいるようです。
なぜ警察は摘発しないのか?
物乞いは、観光客の『同情心』を資金源としているため、参入難易度が低く、マネーロンダリングに利用しやすい性質を持っています。
ところが、フィンランドでは、物乞いが違法ではなく、強制的な物乞いをターゲットとして、犯罪を摘発するのが困難な状況です(2015年10月現在)。
物乞いを禁止する法律を作るという案も出ていますが、貧困そのものを罰することになるのではないかというジレンマがあり、制定には至っていません。
結論:物乞いにお金を渡すと、持続可能な物乞いになる
いずれにせよ、物乞いにお金を渡すことは、物乞いの継続を助けていることになります。
自発的であれ強制であれ、お金を渡す行為はこのビジネスを維持し、より多くの物乞い(強制被害者含む)を呼び込むことになります。
それでも物乞いを助けたい!
物乞いに直接お金を渡すことはリスクが高いことは理解してもらえたと思います。でも、物乞いだって、やりたくてやっている人ばかりではありません。
「可哀想だなぁ」「何かできないかな?」という優しい気持ちは大事にしたいものです。
そこで提案したいのが、公式の組織への寄付です。
チャリティーへの寄付
「助けたい!」
その感情のままに、現金を渡すだけでは物乞いを真に助けることはできません。支援したいという気持ちがあるのであれば、それを専門とする団体に寄付するのが一番です。
フィンランドの主要な支援団体:
- Hirundo(Deaconess Foundation)
EU市民に、無料の簡単な昼食、シャワー、洗濯、冬季の緊急シェルターを提供。 - Emmaus Helsinki(Keikkapooli Co-op)
物乞いからの離脱を目指すロマの人々に、清掃業などの職業訓練と雇用を提供し、自立を支援。
人身売買被害者支援システム
もし目の前の物乞いが本当に強制されていると感じた場合には、フィンランド移民局(Migri)の人身売買被害者支援システムに連絡することができます。
これは、法的支援や帰国支援など、物乞いをしている人が搾取から逃れる援助をするために作られたシステムです。
まとめ
フィンランドの物乞いにお金を渡してはいけません。
理由は次のとおりです。
- 制度面:物乞いへの現金提供は不必要
- 倫理面:組織犯罪を助長するため悪手
2012年に最初にフィンランドに行ったときには、それほど物乞いを見なかった気がするのですが、年々増えている印象があります。なので、観光客の方は以下のことに気をつけてください。
観光客が現地で取るべき行動
- 路上では決して現金を渡さない 。
- 善意を施したいときは、効果的な自立支援を行うNGOに寄付する 。
- ヘルシンキ中央駅やマーケット広場、カンピなどの観光客が多いエリアでは、物乞いの他にもスリが活動している可能性が高いため、所持品に注意し、現金を多く持ち歩かないこと!
「私もまだ助けられる側だけど、いつか支える側になりたい!」
と私のフィンランド人の友達は言っていました。
北欧の福祉制度は、そのような国民の善意によって成り立っています。そして、その善意は質の高い教育によって支えられているものです。
つまり、最低限度の生活は、社会のために貢献するという共通認識があるからこそ成り立つものなのではないかと感じます。
脚注
- フィンランド居住者
恒久的な居住者のこと。フィンランドでの滞在期間、家族とのつながり、雇用の状況、住居、居住地などが審査されます。 ↩︎



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