クリスマスの時期に、フィンランドに行くと、藁でできたヤギの置き物が置かれていることがあります。
「なんだ、このヤギさん🐐は?」
初めてそれを見たとき、私はそう思いました。
クリスマスといえば、サンタさんとトナカイのイメージです。ヤギが出てくるなんて知りません。このヤギはどこから現れたのでしょうか?
そして、もう一つ。
ヤギと聞くと思いつくものがあります。
それは、Joulupukkiです。フィンランド語で「サンタクロース」を指します。そして、このJoulupukkiを直訳すると、なぜか「クリスマスのヤギ」という意味になります。
何やら、この2つを掘ってみると面白そうではないですか?
キリスト教布教以前の古い慣習の匂いがプンプンします。
スーパーで出会った山羊さんJulbock

11月。フィンランドのOuluの巨大スーパーPRISMAに行ったときのことです。クリスマスムードに入ったスーパーの店内に、見慣れない藁のヤギがいることに気がつきました。
私は民俗風習が好きなので、「なんだろう?」と思いつつ、写真を撮りました。
調べてみると、どうやらこのヤギの風習はスウェーデンから来たようです。
『北欧スウェーデン 暮らしの中のかわいい民芸』という本には、こう書かれています。
藁は農民にとって一番身近な素材のひとつ。最後に収穫した農作物には豊作の精がいると思われていたため、クリスマスの間にその年収穫した麦の藁を床に広げて乾かし、果物の木の枝に巻いて翌年の豊穣を願ったそう。ユールボックと呼ばれるヤギなどを作って飾ります。
『北欧スウェーデン 暮らしの中のかわいい民芸』明知直子・明知憲威著 2014 パイ インターナショナル
豊作を司る精霊とは、何やら、ライトノベルの『狼と香辛料』を彷彿とさせる話です。

それは置いておいて、藁のヤギがスウェーデン語で、Julbockと呼ばれており、どうやら豊作を司る存在であることがこの話から伺えます。そして、おそらくJoulupukkiの言葉の由来だということも想像がつきます(藁のヤギは、フィンランド語でOlkipukkiと言います)。
ヤギの話は一度区切って、次は、フィンランドのサンタクロースJoulupukkiについても見ていきましょう。
フィンランドのJoulupukkiと現在の姿
Joulupukki(ヨウルプッキ)の意味

Joulupukkiは、フィンランド語で、
「Joulu:クリスマス」+「pukki:雄ヤギ」
=「Joulupukki:クリスマスの雄ヤギ」
という意味になります。ヨウルプッキという音は、どう考えてもサンタクロース(聖クラース=聖ニコラウス)という言葉には変化しませんから、サンタクロースという言葉自体は、フィンランド語由来ではないことは明白です1。
つまり、サンタクロースはあとからやってきた概念です。
現代のJoulupukki(ヨウルプッキ)
フィンランドの現在のJoulupukkiは、皆さんがイメージするサンタクロースそのままです。赤い服を着て、我儘ボディをベルトで押さえつけ、黒い長靴を履いた姿で、トナカイの橇を乗り回します。
これは、アメリカ文化との融合によるものです。煙突から入るのも、アメリカ由来のイメージで、フィンランドではドアを叩いて家を回るのが本来の姿らしいです。
それでは、なぜ、豊作を司るヤギさんが、アメリカのサンタクロース像と結びついたのでしょうか?
異教の祭り Jul(ユール)と雄ヤギ Bock
古い異教の祭りJul(ユール)
キリスト教普及以前のヨーロッパにおいて、最も信仰を集めたのは、太陽でした。
太陽は、作物の生長を左右するもので、生きていくために欠かせない存在でした。食料生産が安定していない時代なので、太陽は今よりも身近な存在だったと考えられます。
さて、その太陽の力が最も弱まる日があります。
冬至です。

草木は枯れる冬のその日は、死の世界が最も力を増す日でもあり、死の世界が遠のき始める最初の日でもありました。つまり、生の世界が息を吹き返す日、復活の日でもあったわけです。
そのため、この日は一年で最も重要な祭祀の日でした。
これが、北欧におけるJul(🇫🇮芬:Joulu)です。
キリスト教は、布教のために冬至の祭りを取り込まざるを得ず、ニカイア公会議以降、4世紀頃から、キリストの誕生日(=クリスマス)は12月25日と重ねることで、元の異教の要素を打ち消しました。
話を少し戻します。
色々な資料を見ていると、どうも雄ヤギBock(Pukki)はそのJulというお祭りの中で、復活の象徴とされていた存在なのではないかと考えられます。
雄ヤギJulbock(Jouluukki)の起源

Julbock(Joulupukki)と呼ばれる雄ヤギの起源は、北欧神話の神トールとそのヤギTanngrisnir(歯の隙間を持つもの)とTanngnjóstr(歯を軋ませるもの)にあるとされているようです。
These two goats pulled Thor’s chariot and provided food every evening by being slaughtered only to rise again the following morning. One ancient Swedish practice related to all this is the Juleoffer, or Yule sacrifice, in which a person dressed in goatskins and carrying an effigy of a goat would be symbolically slaughtered and then returned to life in the morning.
([日本語訳]:この二頭のヤギはトールの戦車を引き、毎晩、屠殺されても翌朝には蘇ることで食料を提供しました。これに関連する古代スウェーデンの慣習の一つに、ユール供犠(Juleoffer)があります。これは、ヤギの皮を着てヤギの像を運んだ人物が、儀式的に屠殺され、翌朝に生き返るというものでした。)
『The Pagan Origins Of The Yule Goat』Patheos.com
つまり、雄ヤギは、冬至における生命の復活の象徴であり、これが豊作を司る存在として発展していったのではないかと考えられます。
ヤギの役割
キリスト教の影響下で、このヤギは、異教徒の宗教として排除の対象となりました。しかし、異教の要素は取り除かれましたものの、形を変えて生き残りました。
トール神のイメージで、ヤギに乗って現れて、人々に贈り物を与える人が現れます。これがさらに形を変えて、人とヤギと融合して、恐ろしい姿のヤギそのものが贈り物を与えるようになります。そうして、Julbockは、ヤギの皮や角を身につけて、良い子に贈り物を与えると同時に、悪い子に罰を与える二面性を持つ存在に変化しました。

“En jul, när mor var liten, hörde hon hur någon en kväll stod där ute och stampa’ och gav dörrn en smäll. In där kler en julebock, skäggig och med luden rock, han tog ur sin påse små paketer opp.”
「あるクリスマス、母が小さかった頃、彼女は誰かが夕方外で足を踏み鳴らし、ドアを叩く音を聞いた。そこに髭を生やし、毛皮のコートを着たユールボック(クリスマスの山羊)が入ってきて、袋から小さな包みを取り出した。」
ちょうど、日本におけるナマハゲや、ゲルマン地域における聖ニコラウスとクランプスのような役割です(聖ニコラウスとクランプスの話は別記事でご紹介します)。
そして、これがフィンランドやエストニアにも伝わります。
元々のJoulupukki
フィンランドでは、これがKekriという収穫祭とNuutinpäivä(聖クヌートの日)の2つの行事に取り込まれたと考えられます。
Kekripukki(ケクリプッキ)
Kekriは、フィンランドに古くからある10月末〜11月初めの収穫祭です。そのお祭りの一環として、Kekripukkiがいました。Kekripukkiの正確な起源は不明ですが、その慣習は、スウェーデンのJulbockの影響を受けたものだと考えられます。
Kekriは、だいたいハロウィーンの時期に行われていたものです。
若者は、角を生やし、裏返しにした毛皮をまとったKekripukkiという、恐ろしい異形の姿に扮して、家から家へと回り、お酒と食料を要求したと言われています。「そうでなければ、竈を壊すぞ!」と脅したそうです。
なんだかハロウィーンの“Trick or treat!”に近いものを感じますね!
Kekriは、冬の祭祀(クリスマス)の始まりの日でした。
Nuuttipukki(ヌーッティプッキ)
1月13日、Nuutinpäivä(聖クヌートの日)にも、よく似た伝統行事がありました。
男たちは、角を生やし、裏返しにした毛皮をまとった恐ろしいNuuttipukkiに扮して、家々を巡回して、幸運を持ち去らない代わりに、酒と食料を要求しました。

1月13日は、1年で最も気温が低くなる日です。元々は「熊が生まれ変わる」とされた日で、冬の祭祀の終わりの日でした(熊が生まれるとされる7月13日と対になる日)。熊は狩猟文化の守り神とされる生き物で、それが農耕文化の発展で、ヤギに置き換わったと考えられています。
(ちなみに、現在でも、フィンランドでは、この日にクリスマスツリーを片付けます)
このように、かつてのフィンランドでは、冬の祭祀の始まりと終わりに、恐ろしいヤギの異形(pukki)が現れました。これが現代のサンタクロースの原型となっていきます。
Nuuttipukkiへの統合

キリスト教勢力の拡大によって、KekripukkiとNuuttipukkiは異教的な要素が排除されていきました。特に、Kekriは異教の祭りとされていたため、分解され、KekripukkiはNuuttipukkiに吸収され、他のKekriの要素はJoulu(クリスマス)に吸収されていきました。
エストニアのNäärisokk(ナーリソック)

エストニアのNäärisokk(「nääri:新年の」+「sokk:ヤギ」)もフィンランドのKekripukkiやNuuttipukkiによく似た存在です。
ここでも、裏返しにした毛皮のコート、ヤギの頭に見立てたものが仮装として使われています。彼らは、家々を回り、新年の挨拶をして、家の主人に体当たりをしたりして、ビールや贈り物を振る舞われました。
エストニアでは、まだこの伝統が残っている地域があり、エストニア西部のサーレマー島では、「Sokujooksmine(ヤギ走り)」と呼ばれ、国の文化遺産に指定されています。
恐ろしいヤギから優しいサンタへの進化
変化のきっかけ
19世紀に入ると、アメリカで作られた聖ニコラウスとサンタクロースのイメージがフィンランドに入ってきました。おそらく、急激な経済発展を遂げたアメリカの華やかなイメージと共にやってきたのでしょう。
恐ろしいヤギの精霊は、徐々に優しいサンタクロースのイメージに取って代わられます。
特に1927年のYleのラジオ放送で、マルクスという男性が、
「サンタクロースはラップランドの奥深く、コルヴァ・トゥントゥリに小人さんたちやトナカイたちといっしょに住んでいます」
『サンタクロースの大旅行』より
と語ったことがきっかけとなり、フィンランドのサンタクロースのイメージが形作られていきます。Korvaは「耳」、tunturiは「丘」を指すフィンランド語です。
「世界中の子供の願いを聞き取ってくれる大きな耳」ということらしいです。

さて、偶然なのか、どこの国にも属さない存在として描かれた、アメリカのサンタクロース(聖ニコラウス)は、当時のアメリカにとっての幻想的な世界の象徴である、北極に住んでいるとされ、トナカイの引く橇に乗る、と考えられていました。
これにフィンランド系アメリカ人、ハドン・サンドブロムがコカコーラの広告に描いた現在のサンタクロースのイメージが重なって、現在のサンタクロースに次第に近づいていきます。
こうして、家々を回り歩いたヤギは、赤い服のおじいさんの姿に取ってかわり、名前だけが残りました。Joulupukkiは、今では世界のサンタクロースで、優しいおじいさんとして、プレゼントを配る存在になりました。
まとめ
- ヤギはキリスト教普及以前の冬の祭りの象徴だった
- 現在でも藁のヤギが北欧で飾られるのは、異教の時代の名残
- フィンランドのサンタクロースはヤギが元になっている
- Joulupukki(クリスマスのヤギ)という名前は、サンタクロースのヤギ時代の名残
軽い気持ちで始めた今回のテーマですが、思ったより面白いものになった気がします。
(←自画自賛ᐠ( ᐛ )ᐟ)
フィンランドでサンタさんに会ったり、ヤギの置物に出会ったときは、その古い歴史に思いを馳せてもらえると、また違った楽しみ方ができるのではないかと思います。
Hyvää joulua!!
(楽しいクリスマスを!)
コラム:ヨウルプッキの民謡
こちらでご紹介するのは、フィンランドで数少ないクリスマスの民謡の一つです。
- プッキがドアをノックする。 彼は中に入ってもいいかな? プッキ、歓迎するよ、 私たちと一緒に輪になって踊ろう!
- プッキは今、急いで中へ入る、 彼は子どもたちに贈り物を投げるだけ。 そして皆で喜び合う、 子どもたちの目が輝き始める。
- プッキはまた旅に出る。 他の場所で子どもたちが待っている。 彼は国中を巡らなければならない 長いペニンクルマのブーツ*を履いて
*ペニンクルマのブーツ:10kmを一歩で歩けるブーツ
サンタさんが、煙突から入らず、一軒一軒ドアをノックしてまわっていたことがわかる曲です。ヤギさんだった頃の名残がこういうところに残っていますね。
(“PUKKI OVELLA KOLKUTTAA”参照)
参考文献・サイト
- 『サンタクロースの大旅行』葛野浩昭著 1998 岩波新書
- 『北欧スウェーデン 暮らしの中のかわいい民芸』明知直子・明知憲威著 2014 パイ インターナショナル
- yle.fi(https://yle.fi/a/3-12236370)2025.10.29アクセス
- “The Pagan Origins Of The Yule Goat” (Patheos.com)2025.10.29アクセス
- “WHO CARES ABOUT HALLOWEEN? WE HAVE KEKRI! 5 FACTS ABOUT THE FINNISH HARVEST CELEBRATION WHEN EVEN GHOSTS GO TO SAUNA”(finlandnaturally.com)2025.10.29アクセス
- “Millal asendus jõulusokk jõuluvanaga?”(ERR.ee)2025.10.29アクセス
- “Sokujooksmine Saaremaal Haeska, Metsküla ja Randvere külas”(EESTI LAHAVAKULTUURI KESKUS)2025.10.29アクセス
- Frank, R. M., & Ridderstad, M. P. (2013, May). Conflicts over masks, museums and tourism: Comparing European and Native American traditions and solutions. In 34h Annual American Indian Workshop: Art of Indians–Indians of Art.
脚注
- サンタクロースという言葉
サンタクロースという言葉は、オランダ語のシンタ・クラース(聖ニコラウス)をアメリカ風に発音したことで、サンタクロースになりました。 ↩︎


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