サーミの伝統音楽「ヨイク」を徹底解説:シャーマニズム、復興の歴史、現代の進化

サーミの伝統音楽「ヨイク」を徹底解説:シャーマニズム、復興の歴史、現代の進化まで_表紙 サーミ

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 こんにちは、ズッキーです。

 ラップランドの歌、ヨイクJoik)を知っていますか?

 これは、北欧の先住民族サーミの伝統音楽で、世界で最も古い形が残る音楽の一つです。かつてはシャーマンが歌い、今もサーミのアイデンティティの中心となっています。

 しかし、ヨイクは一つの形に留まりません。

 そこで、この記事では、ヨイクの様々な形とその発展について見ていきましょう。

この記事でわかること
  • ヨイクの基本:その意味と、地域ごとの種類(北サーミ、スコルト・サーミなど)。
  • ヨイクの復興:ヨイクを蘇らせたNils-Aslakニルス アスラク Valkeapääヴァルケアパーについて
  • 最新の進化:メタル、ジャズ、ポップスと融合した現代ヨイク。

  ヨイクは、現代サーミの文化の一部なのです。

 

ヨイクとは?

 サーミの伝統音楽です。

 元々、ヨイクはサーミのシャーマン(Noaidiノアイデ)がトランス状態を深めるために、太鼓を打ち鳴らしながら歌われていました。

サーミのシャーマンNoaidiとその太鼓
サーミのシャーマンNoaidiとその太鼓(Wikipediaより引用)

 私の言葉では、ヨイクをうまく説明できないので、引用します。

ヨイクには、太陽や月、山、川などの自然界についての叙事詩的なもの、友人や家族に関する個人的な感情を綴ったものなどがあり、自分自身の心情や頭に浮かぶ対象を即興で表現していく。細部の意味や整合性よりも、全体のリズムや流れにウェイトが置かれ、トナカイや鳥や狼の声や姿を擬態した声で即興的に歌われる。サーメは元来文字を持たなかったので、民族の歴史や伝説などもこのヨイクによって伝えられた。

『世界は音楽でできている ヨーロッパ・アジア・太平洋・ロシア&NIS編』北中正和 監修 2007 音楽出版社

 つまり、ひと口にヨイクと言っても、その歌い方や内容にはかなり幅があります。即興性が強調されがちですが、特に東方サーミでは、旋律的で叙事詩的なヨイクもあり、口頭伝承の役割も担っています。

 

 

ヨイクの種類

 ヨイクは、一般に4つの種類1が知られています。

ヨイクの種類
  1. Luohti(北サーミ)
  2. Leu’dd(スコルト・サーミほか)
  3. Vuollie / Vuelie / Vuolle(南サーミ)
  4. Livđe(イナリ・サーミ)
LuohtiLeu’ddVuollie
グループ北サーミスコルト・サーミ南サーミ
形式パターンあり自由な形式音を絞った歌い方
旋律音程の跳躍拍子の有無が混在急速なグリッサンド
音の高さ五音音階多様音の高さの幅が狭い
主題必ず特定の主題あり
(ほぼ人物)
故郷の歴史旋律的な描写が中心
その他呼吸法を変えて
音に変化を出す
マイクロトーン
を使用
Livđeは、Luohtiと似ているため割愛。

 具体的に見ていきましょう(サーミのグループに関しては別記事)。

 

Luohti(北サーミ)

 一般的に有名なヨイクの多くはこれです。

 北サーミは、人口が最も多く、大規模なトナカイ放牧を行う人(分離政策の対象)も多いことから、ヨイクの伝統が残りやすかったのではないかと思います。

 こちらは即興性のある歌で知られています。

 

 こちらの動画は、Wimme Saariです。フィンランドのEnontekiöエノンテキオ出身で、サーミ音楽を代表するアーティストの一人です。

 こちらのアルバムは、楽器の伴奏がないので、より本来の姿に近いかと思って選びました。

 

Leu’dd(スコルト・サーミほか)

 Leu’ddは、スコルト・サーミや他の東方サーミで歌われるヨイクの一種2です。ロシアの宗教音楽やカレリアの泣き歌の影響も見られるそうです。

 Leu’ddの特徴は、メロディックで、叙事詩的であることと言われています。

スコルト・サーミのleu’ddの主題は、主に動物に関する格言的なもの、地名の由来や歴史を扱ったもの、人物に関するものに分類される。

松村 2024より

とあるように、伝承を残していく方法でもあったのでしょう。

 サーミは、共同活動が多く、家族の繋がりを大事にするので、氏族の由来なども歌の形で伝えています。

 こちらは、Suõmmkarというアーティストです。スコルト・サーミで初めて伝統音楽と現代的音楽を融合させたグループです。2016年結成です。

 

Vuollie / Vuelie(南サーミ)

 Vuollie / Vuelie / Vuolle3 に関しては、あまり文献がありませんが、早い時代にキリスト教化されたことで、古い時代のヨイクが発展しないままに残っているとされています。

 音源が古すぎて、実験音楽みたいになっています。元の音源を探しにノルウェーに行きたいくらいですね。

 良い音源が全然見つからないので、困りました。

 現代風ではありますが、アナ雪のOP曲も、このVuollie / Vuolle に分類されるようです。

 

Livđe(イナリ・サーミ)

 イナリ・サーミのLivđeは、もはや存在しないと思われていたヨイクです。北サーミのヨイク(Luohti)とかなり似ているため、同じものと認識されていましたが、北サーミ語と異なる言語の録音資料があったことで、再発見されました。

 

 このように、多様性を持つヨイクですが、異教徒の慣習としてキリスト教の標的にされたり、北欧諸国の同化・異化政策の中で、一時は、消滅の危機に陥りました(細かい歴史は別記事で)。

 そのヨイクを復興に導いた人物がいます。

 それが次にご紹介するNils-Aslak Valkeapääです。

 

 

ヨイクの復興:Nils-Aslak Valkeapää

 ヨイクと言えば、この人なしでは語れません。

 Nils-Aslakニルス アスラク Valkeapääヴァルケアパーは、フィンランドのEnontekiöエノンテキオ出身の北サーミです。

 1966年に、公の場で活動を始め、サーミの”ルネッサンス”を起こしました。他のヨイク歌手と一緒に活動を広げ、大きなコンサートを開いたりしながら、サーミ文化の地位を向上させました。

 1994年には、国籍はフィンランド人でありながら、リレハンメル・オリンピック(ノルウェー)に招かれるほどです。国境を持たないサーミ文化を代表する人物になりました。

 

 かなり多様な音楽性を持ち、Nils-Aslakの音楽を聞くと、フォーク音楽や、カントリー、ジャズ、民族音楽など、幅広いジャンルを吸収していることがわかります。

 ヨイク復興の旗印となった人が、これだけ幅広い音楽性を示すなんて、かなりブッ飛んでるな(最上級の褒め言葉)と思います。凄すぎます!!

 

 2022年のサーミ会議では、サーミの国歌(Anthem)“Sámi soga lávlla”に加えて、Nils-Aslak Valkeapääのヨイク“Sámi eatnan duoddariid”が、サーミのナショナル・ヨイク(国民ヨイク)として採用され、国歌と対等の地位を与えられました。

 

 

ヨイクの発展

ヨイクの発展は邦楽の発展に似ている?

 ヨイクの発展は、ちょっと邦楽の変遷と似ていると思います。

 日本の伝統音楽といえば、『越天楽』などに代表される雅楽を思い浮かべますが、昭和の時代には、洋楽的要素を入れた『春の海』が生まれました。

 この2つは、曲名は知らなくても、誰でも知っているあの曲です。

伝統的邦楽:『平調 越天楽』

新日本音楽:『春の海』

 

現代的邦楽へ:ロック・メタルとの融合

 邦楽はさらに発展し、今では、三味線ロックバンド、和風メタルバンドなども生まれています。

 Whisperedはめちゃくちゃカッコいいですね!!

 

 え、思ってたのと、ちょっと違う??Σ(゜ω゜)

 しれっと、フィンランドの歌舞伎メタルバンドを紹介しちゃいました!(๑>؂<๑)

 

 しかし、この「伝統とロックの融合」こそが、現代ヨイクの世界でもまさに起きていることなのです!

 それでは、多様なヨイクの世界を見ていきましょう。

 

ヨイクの多様化

メタル:Shamaani Duo (1993 – 1996) / Shaman (1997 – 2002)

 10年以上推してる私のイチオシバンドです。

 フォークメタルバンド「Korpiklaaniコルピクラーニ(直訳:ワタリガラス・クラン)」の前身バンドです。私は、Shamanシャーマンのときの曲調が一番好きです。

 Shamanは、北サーミ語を使って、ヨイクの発声法で曲を歌っており、響きがとても綺麗です。

 その前身バンドのShamaaniシャマーニ Duoデュオもとても良いです。

 Shamaani Duo時代は、『Hunka Lunka』、

 Shaman時代は、『Idja』、『Shamániac』という2つのアルバムを出しています。

 ぜひ聞いてみてください!

 

ジャズ:Frode Fjellheim & Mari Boine

 ジャズと言っても、スウィングとかではなく、ジャズ・フュージョンに近いジャンルですね。ジャズ・フュージョンというのは、伝統的なジャズの音に、クラシック・ロック・ラテン音楽などを融合させた音楽です。

 

 まず、ご紹介したいのは、Frodeフローデ FjellheimフェルハイムのNjoktje (Vuelie)です。この人は、アナ雪のオープニング・ソング「Eatnemen Vuelie」を手がけたことで有名です。

 

 Mariマリ BoineボイネもJazz要素のあるヨイク歌手です。どこかアイヌ民謡にも似た響きがあります。

 

 ついでに、ジャズ・フュージョンの大家、Joeジョー Zawinulザウィヌルの75周年ライブの動画をご紹介しておきます。サーミではないですが、民族色のあるジャズが味わえます。

 

ポップス:Sofia Jannok

 Sofiaソフィア Jannokヤンノックはスウェーデン系の北サーミ歌手です。ポップでありながら、きちんとヨイクの音が感じられます。ヨイク要素が主張し過ぎず、全体に溶けこんでいます。

 

 次の動画のElleエッレ Márjáマールヤ Eiraエイラは、ノルウェー系の北サーミです。私はこの動画が好きです。”GUODOHIT (Guođohit-To herd)”という曲で、「herd」は群れという意味です。

 現代的なトナカイの追い込みの風景と音楽がうまく調和しています。動画の編集もElle Márjáさんが行っており、映像作家さんでもあります。

 めちゃくちゃ映像が綺麗ですね!

 

 この記事で紹介するアーティストはここまでですが、別記事でもう少し紹介したいなと思っています。

 

ヨイクの伝統性への疑問

 さて、ここまで見てきた中で、次のような疑問を持つ人もいるのではないかと思います。

「さまざまな音楽分野と融合したヨイクは、果たしてヨイクと言えるのか?」

 実際、昔からの伝統的なヨイクを歌う歌い手は、現在ではあまりいないでしょう。

 例えば、ヨイクの歌手として復興後初期から活躍しているMari Boineですら、伝統的なヨイクとは異なる歌唱法をしています。

 これは、どの文化に対しても言えることではあります。伝統と革新は、ある種の葛藤を生むテーマです。

 この問題について、Nils-Aslak Valkeapääは次のように述べています。

「文化の保存というような話を聞くと、私の心には民族学者の姿が浮かんできます。そして私は、保存するという活動はおもに記録すること、死んでしまった文化を整理することにすぎないのだと感じるのです–––サーミ人たちにはすぐにこのような静止した状態が求められ、そこではあらゆる新しいものは罪悪であり、偽物であると考えられるのです。」

『ラップランドからの挨拶(1971)』(『サーミ人についての話』訳者解説内の引用文)より

 この言葉は、とても的確に、本質を捉えているように思います。私たちは、サーミ文化に対して、憧れに似た感情を持っていて、それが文化を縛りつけてしまっている面があります。

 

 私自身、「サーミ文化を古い形のまま残して欲しい」という思いと、「新しいサーミ音楽もいいなあ」という思いの間で、ジレンマのようなものを感じてしまいます。また、どこまでが評論で、そこまでが文化の尊重と言えるのかも、ブログ発信者として、難しいなあと常に感じます。

 あなたはどう思いますか?

 

 

まとめ:伝統と革新、ヨイクは生きている

 サーミのヨイクは、伝統的な歌唱法を守りつつ、現在も進化し続けています。

ヨイクの特徴
  • ヨイクは、自然や人物を表現する、即興性の高い自由な歌。
  • 地域(北・南・東方)によって、ヨイクの形が異なる。
  • ヨイクは、メタルやポップスと混ざり合い、「生きた文化」として発展。

 ヨイクは、過去の遺産ではなく、サーミの「今」を伝える声です。ぜひ、この記事をきっかけにサーミの音楽に興味を持っていただければ嬉しいです。

 

※注意:すべてのサーミ音楽がヨイクを含むわけではありません!サーミ文化に根ざした別の民謡や、西洋音楽の影響を受けた曲も存在します。

 

 

サーミ文化に関する関連記事

 

 

参考文献・サイト

  • 『世界は音楽でできている ヨーロッパ・アジア・太平洋・ロシア&NIS編』北中正和 監修 2007 音楽出版社
  • Driver, M. 2012『Sámi Joik』 2025.10.20アクセス
  • Anaras(https://www.samimuseum.fi/anaras/english/kulttuuri/musiikki.html)2025.10.20アクセス
  • Nils-Aslak Valkeapää Áillohaš(https://lapinkavijat.rovaniemi.fi/valkeapaa/index.html) 2025.10.20アクセス
  • 『アイデンティティ確認の場としての Ijahis Idja: フィンランドにおけるサーミのフェスティヴァルを例に』松村麻由 2024  音楽研究: 大学院研究年報36, 217-233.
  • Wirtanen, T. (2014). Music Culture in the Omaha Tribe of North America and the Saami of Northern Scandinavia: An Analysis of the Similarities and Possible Cultural Connections between Vuolle and Be-thae wa-an.
  • Joy, F. (2011). The history of Lapland and the case of the Sami Noaidi drum figures reversed. Folklore: Electronic Journal of Folklore, (47), 113-144.
  • 『サーミ人についての話』ヨハン・トゥリ著 吉田欣吾訳 2002 東海大学文学部叢書

 

 

脚注

  1. イナリ・サーミのLivđe
    イナリ・サーミのLivđeは、北サーミのLuhtiと見分けがつかないくらい似ていると言われます。 ↩︎
  2. Leu’ddはヨイクか?
    Wikipediaなどでは、おそらくその旋律から、ヨイクとは異なるという書き方をされています。 ↩︎
  3. Vuollie / Vuelie / Vuolle
    文献によって表記が異なるので、検索するのも一苦労です。 ↩︎

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