フィンランドの川はなぜ茶色いの?安全?リグニンの謎と北欧の水の秘密を徹底解説!

フィンランドの川はなぜ茶色いの?表紙 自然

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こんにちは。ズッキーです。

 

フィンランドの茶色い川の謎

フィンランドの川が茶色いことがわかる写真Oulankajoki

 初めてフィンランドの川を見たとき、私はその色にとてもビックリしました。とても茶色いのです。茶色いのは川だけではありません。フィンランドの湖の水の色も、近くで見ると、同じように茶色いんです。最初は、「泥か何かが混じっているのか」と思いましたが、汚ない様子もありません。日本で茶色い川というと、ドブのような悪臭がしますが、このフィンランドの水からは変なニオイは全くしません。友達のmökki(コテージ)に行ったときも、水道のないmökkiで食器を洗うのに、湖の茶色い水を使ったりもしているくらいです。

湖の水の色も茶色いことがわかる写真

 この水の色について、いろいろな人に聞きました。この色が「リグニンの色だ」ということは教えてもらえたのですが、なぜリグニンの色がこんなに強く出ているのかは分かりませんでした。リグニンというのは、木の成分です。フィンランドの水道の水は無色透明で、ペットボトルの水も無色透明なので、茶色が水の標準の色というわけでもありません。日本の木だって、リグニンで構成されているわけですから、日本の川は無色に近い色をしているのに、フィンランドの川だけ茶色くなるのも不思議です。

 そう思いながらも、放置しているうちに、月日が経ち、このことを忘れていました。ところが、先日ある本に出会って、この問題が突然解決しました。

 ある本というのがこちらです。

『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』藤井 一至著 2022 ヤマケイ文庫[PR]

 ここからは、「フィンランドの川や湖の水が茶色い理由」について、私が理解した範囲で、可能な限りわかりやすく解説していきます。

ポイント
  • フィンランドの川や湖の水は茶色をしている!
  • 長年の疑問が本を読んで解決!

 

フィンランドの川の茶色い成分

フィンランドの川の水の茶色い成分の説明。腐植物質が原因であることを示す図

 結論から言うと、フィンランドの川や湖が茶色い主な原因は、溶存有機物(Dissolved Organic Matter, DOM)、特にその炭素成分である溶存有機炭素(Dissolved Organic Carbon, DOC)です 。溶存有機物というのは、湖沼、河川、海水中に広く存在する天然の有機物の集合体であり、溶存有機炭素の70〜90%は腐植物質(Humic Substances)と呼ばれる化合物群です。

 フィンランドの川や湖が茶色いのは、主に、この腐植物質によるものです。

ポイント
  • 茶色い水の色は腐食物質が原因!?

 

腐植物質(フミン物質)とは?

 では、腐植物質(フミン物質)とは何でしょうか。

腐食物質は植物や微生物の遺骸が長い時間をかけて分解・変質したもの

 この腐植物質というのは、植物や微生物の遺骸が微生物1によって分解され、この分解生成物がさらに微生物の働きや化学反応によって、長い時間をかけて合成されることでできる高分子化合物の集合体です。この物質は、黄色、褐色、黒色をしていて、水に溶けることで水が茶色く見える原因となっています。

 この時点で、リグニンの姿が見当たらず、「あれ? リグニンはどこいった?」と私は思いました。腐植物質の中には、フルボ酸(河川水の腐食物質の90%以上)、フミン酸、ヒューミン、ケロジェンという物質が含まれていますが、ここでも、リグニンの名前は出てきません。

 でも、実はこの腐食物質とリグニンは無関係ではないんです。

ポイント
  • 腐食物質は植物や微生物の遺骸が長い時間をかけて分解・変質したもの
  • 腐食物質とリグニンには関係がある!?

 

リグニンとは?

 そもそもリグニンとはなんでしょうか。

リグニンが植物におけるコンクリートの役割をすることを示した模式図

 冒頭で、リグニンは木の成分と説明しましたが、もう少しだけ詳しく見てみましょう。東京農工大の植物バイオマス化学研究室HPによると、リグニンは、木材の主要な構成成分の一つで、細胞壁の20〜30%を占めています。わかりやすくいうと、背が高く巨大な樹木を支えるのに必要不可欠な成分です。木材を鉄筋コンクリートに例えると、セルロースという物質が鉄筋、リグニンはコンクリートの役割をしているそうです。

 リグニンの大きな特徴は、分解されにくいことです。苦味があるらしいので、甘い糖に分解されるセルロースよりさらに分解されにくいようです。7世紀に建てられた世界最古の木造建築、法隆寺がいまだに現役なのも、木材がリグニンなどの分解されにくい物質でできていることが理由の一つです。仮に、お菓子でお寺を建てたとしたら、すぐに崩壊してしまう未来が見えますよね。樹齢数千年の木がいまだに生きているのも、分解されにくい性質が一役買っています。

 この分解されにくい性質のおかげで、リグニンは土の中に残りやすい物質です。この残った物質が腐食物質の原料となるのです。この腐植物質の主要な供給源の多くはリグニンが占めているそうです。

腐植物質の生成経路を説明した模式図。筒木1995を元に作成したもの。

 つまり、フィンランドの川の色がリグニンの色だという説明は、完璧な正解ではないかもしれないですが、あながち間違いでもなかったわけです。

 では、なぜフィンランドの川では、この腐食物質が川の水に溶け出すのでしょう?

ポイント
  • リグニンは樹木を支えるコンクリートのような役割をする物質
  • リグニンは苦くて分解されにくい
  • 腐食物質の多くはリグニン由来

  ⇨フィンランドの川に腐食物質がたくさん溶けているのはなぜ??

 

フィンランドの川が茶色くなる仕組み

フィンランドの国土の7割以上が森林であることを説明した模式図

 フィンランドの川が茶色く染まる仕組みには、国土の70%以上が森林という自然環境に加えて、フィンランドの気候と地形が深く関わっています。国土の7割が森林であるということは、それだけ樹木から有機物が環境中に供給できる状態であることを表しています。しかし、森林の割合だけで言えば、日本も国土の7割近く(約67%)を占めています。フィンランドの川を茶色くしている要因は、供給される有機物の量だけではなく、その有機物が分解されにくい気候と地形にこそあると考えられています。

ポイント
  • フィンランドの国土の7割以上は森林(有機物の供給源)
  • フィンランドでは、有機物が分解されにくい??

 

フィンランドの気候

フィンランドの雪解けの時期にフィンランドの森は水に溢れていることを撮った写真
雪解けの時期にフィンランドの森は水に溢れる

 フィンランドは北欧という名の通り、ヨーロッパの北方にある国の一つです。気候はほとんどが亜寒帯湿潤気候に属していて、とても冷涼で湿潤な気候です。この気候が、腐食物質が作られる泥炭地の形成に影響を与えています。

 まず、フィンランドの雪解け水を含む豊富な水が土壌の有機物を流し、湿地に有機物を蓄積します。これが泥炭地形成につながります。

 泥炭地は、水浸しの状態が続くことで、植物の遺骸が完全に分解されずに「泥炭」として蓄積される特殊な環境です。この水浸しで酸素が少ない環境が、有機物の分解を遅らせ、大量の有機物を土壌中に閉じ込めます。

 通常、植物の枯死体などの有機物は、好気性微生物(酸素を必要とする微生物)によって活発に分解されます。しかし、泥炭地のような嫌気性環境(酸素がない環境)では、これらの微生物の活動が強く抑制されます。その結果、植物の遺骸が完全に分解されずに、部分的に分解された状態で泥の中に残ります。この分解が不完全な有機物が泥炭として蓄積され、同時に茶色い色素成分である腐食物質が生成・保持されます。

 加えて、フィンランドの冷涼な気候が、有機物の分解が盛んになる夏場でも、微生物の活動が制限します。微生物による有機物の分解が、有機物の供給量に追いつかないため、有機物が蓄積されていきます。また、涼しい夏は、水の蒸発が少なく、冬には大量の雪が降るため、年間を通じて湿潤な状態が維持されやすいです。これにより、水はけの悪い土地に水が溜まり、植物の遺骸が嫌気的な環境で不完全に分解されながら堆積します。

ポイント
  • 気温が低いことで微生物の活動が制限されることで泥炭地が発達する
  • 豊富な降水量や雪融け水で湿地に有機物が流れ込み、泥炭地をさらに発達させる
  • 泥炭地は、分解が不完全な有機物が蓄積した特殊な環境で、腐食物質が生成・保持される
  • 冷涼な気候のために水分の蒸発が少なく、年間を通して湿地が維持される

 

フィンランドの地形

フィンランドの国土の3分の1が泥炭地であることを示す模式図

 フィンランドは森と湖の国と言われるほど、湖が多い国として知られています。湖が多い理由の一つが、水の溜まりやすい平坦な地形をしていることです。このことは、同時にフィンランドを泥炭地が多い国にしています。泥炭地は、フィンランドの国土の約3分の1(約910万ha)を占めています。

 また、フィンランドの平坦な地形は、水の流れを穏やかにしています。これにより、水が湿地の底に溜まった有機物と接触する時間が長くなります。その結果、腐食物質を含む有機物が水に溶け出しやすくなります。紅茶の葉を通すと、茶色いお茶の液が抽出されるように、水に有機物が溶け出し、水を茶色に染めるわけです。これが、フィンランドの川や湖の水を茶色くしているメカニズムです。

ポイント
  • フィンランドは平坦で泥炭地が多い(国土の3分の1)
  • フィンランドの川の流れはなだらかなので、有機物に接する時間が長く、腐食物質が溶け出しやすい!
  • フィンランドの気候と地形が川の水の色を茶色くしている!

 

茶色い水は汚なくないのか?

茶色い水が汚くないのかを問いかける図

 ここまで説明した通り、フィンランドの川の茶色い水の色は、泥や人間活動による汚れではなく、植物由来の天然の有機化合物によるものです。人体に有害な物質ではありませんので、安心してください。お茶の成分が溶け出しているようなものだと理解していただくといいかもしれません。

茶色い水が水道水にも使われることを暗示ために入れた図

 実際、冒頭でも説明した通り、私も食器を洗うのに使用したこともありますし、体を洗うのにも使用しましたが、体が不調になったりはしませんでした。水道水も原料として、この茶色い水を使っていますが、美味しく飲むことができます。例えば、HSYのHPによると、Helsinkiの水道水は、Päijänneパイヤンネ湖から引いていますが、適切に浄水処理されたのち、とても綺麗で美味しい水道水として利用されています。軟水なので、日本人にも飲みやすい水になっています。

The household water in the Helsinki metropolitan area is soft, which means that its lime content is low. This is why less detergent can be used than with hard water. In the Helsinki metropolitan area, the hardness of water ranges from 2.7 to 4.5 °dH, depending on the plant.

Degree of water hardness

Very soft = 0–2 °dH
Soft = 2–5 °dH
Medium hard = 5–10 °dH
Hard = 10–21 °dH

(意訳:ヘルシンキの水道水の硬度は水道局によって異なりますが、2.7-4.5°dHの範囲の硬度に収まっており、軟水です。)

HSYのHPより

 ただし、直接川や湖から生水を飲むのは、バクテリア等がいる可能性があるので、オススメしません。

ポイント
  • フィンランドの茶色い水は水道水に使われるくらい安全

 

茶色い水が生態系で果たす役割

海洋生態系が活動的な様子を示した図

 茶色の水は、生態系にも重要な働きをします。分解されにくいことで蓄積された養分やミネラルを、沿岸の海に運搬する役割を果たしていると考えられています。長尾(2005)では、河川の溶存有機物が陸域の鉄イオンを海洋へ運ぶ役割をしていることが示唆されています。

 冒頭で紹介した藤井さん(2022)の本の中でも、カナダのマッケンジー川も同様に、北極海の豊かな海洋生態系に運搬される養分に、この茶色い溶存有機物が寄与していることが紹介されています。ちなみに、カナダでは、水道水が茶色いまま出てくることも多いそうです。

ポイント
  • 茶色い水は養分やミネラルを海に運んで、海洋生態系を豊かにしている!

 

 ここまでで、フィンランドの川や湖が茶色い理由については納得していただけたのではないかと思います。では、なぜ日本の水は無色に近い澄んだ色をしているのでしょう??

日本の川はなぜ茶色くならないのか?

日本の河川の写真で、日本の川の水はなぜ茶色くないのかを問いかける図

 フィンランドの水が茶色くなる理由から、多少は予想がつくかもしれません。

 藤井さん(2022)によると、主な理由は二つです。一つは、日本の川の流れが急であるためです。水の流れが速く、多くの有機物は溜まることなく、流れていってしまいます。もう一つは、日本特有の火山の多さが原因です。火山灰の土壌には、吸着力の強い粘土(アロフェンと呼ばれる)が多く含まれるため、溶存有機物の99%を数分間で吸着してしまうそうです。この土壌を水が通過するだけで、有機物が濾過されて、水が無色透明になって出てくるようです。

日本の川の水が茶色くない理由を示した模式図
ポイント
  • 日本の川の流れが急で、水がたゆまず、有機物が溜まりにくいから
  • 日本に多い火山灰土壌が溶存有機物を吸着してしまうから

 

まとめ:フィンランドの「茶色い川」が教えてくれること

全体のまとめ
  • フィンランドの川や湖の水が茶色いのは、リグニンに由来する有機物が溶けているから
  • フィンランドの冷涼な気候と平坦な地形が水が茶色に染まるプロセスに深く関わっている
  • 茶色い水は、養分やミネラルを海に運び、海洋生態系を豊かにする水だった!
  • 日本の川が透明なのは、急峻な地形と火山灰のフィルター効果のおかげだった!

 このように、フィンランドの茶色い川や湖は、一見すると不思議な色をしていますが、泥や汚れではなく、植物由来の天然成分が溶け出した色だったことがわかりました!

 みなさんも、フィンランドに行ったときは自分の目で確認してみてください!

 

コラム

コラム:動物はなぜ土を食べるのか?

 フィンランドの茶色い水の話とはなんの関係もないのですが、今回参考にした本『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』の中で、サルが土を食べる話が書かれていました。著者の藤井一至さんは土の専門家なので、土に関連したテーマが書かれています。この記事で紹介した茶色い水の話も、本の中では実は、水がメインではなく、土の微生物分解や土のフィルター作用がメインの話だったのです。そういうわけで、サルが土を食べる話が出てきていました。

 この本によると、ドリアン好きのインドネシアのオランウータンでも、フルーツばかりを食べるアマゾンのリーフモンキーでも、土を食べる行動が見られるそうです。

 理由は何か。

 オランウータンでは果物ばかり食べると、ナトリウムが不足してしまうため。アマゾンのリーフモンキーでは、フルーツを過剰に摂取するとアシドーシス(糖分の発酵によって脂肪酸がつくられる現象)によって、血液が酸性になってしまうため、ミネラルや粘土で酸を中和するという話が紹介されています。

 また、下痢になった著者がタイで現地人に勧められて土を食べると、下痢が治った話も紹介されています。分析すると、下痢止め薬に使われるスメクタイト粘土が含まれていたそうです。

 実は、私も「牛が土を食べるのは毒消しのためではないか」という話を以前書いたブログで紹介しています。牛が土を食べるのもきっと同じ理由なのでしょう。私の疑問を色々と解決してくれた藤井さんには感謝しかありません。

こちらのリンクの記事です。良かったら読んでみてください!

▶︎キノコとフィンランドから始まる毒談義|人間も舌で毒がわかる!?

 

参考文献

脚注

  1. 微生物について
     サイトによっては、「褐色菌」という言葉が出てくることがあります。おそらくこの「褐色菌」は木材腐朽菌(実は、この菌類にはキノコも含むので、「微生物」という表現は必ずしも正しいわけではない)の一種を指しているのではないかと思われるので、このブログの内容と外れるものではありません。 ↩︎

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