※この記事はPR広告を掲載しています。
こんにちは。
時間の管理ができない男、ズッキーです。
ゴッホ美術館のあとは、お金の管理ができないレンブラントの家に行きました。お金の管理ができないなんて、信じられませんね! あり得ません!
えっ、私??
大丈夫です。来月の給料が入れば、きっと、どうにかなりますからっ!!( -`ω-)
というわけで、今回はオランダで最も偉大な画家でありながらも、浪費で破産して、家まで手放したレンブラントの私生活を覗きに、彼が実際に住んでいた家へ行ってきました。
クレジットカードの請求に怯える私が、レンブラントの首の回らない暮らしをレポートします!
初めてオランダでトラムに乗る

ゴッホ美術館を出て、私たちは、朝食の残りのパンをお腹に突っ込み、レンブラントの家(Rembrandthuis)に向かいます。経路はGoogle Mapで検索。
トラムが早そうなので、駅に向かいました。駅が見えると、すでにトラムがいたので、慌てて飛び乗ります。
観光パス「I amsterdam City Card」を持っているので、アムステルダム公共交通機関(GVB)は、カードで乗り放題です(▶︎I amsterdam City Cardの元は取れる?)。
トラムに乗り降りするときは、ドアを開けるボタンを押さないといけないようなのですが、私たちは、他の乗客の後ろに並んでいたので、ボタンを押すことなく乗車。乗ったら、読み取り機械にタッチしてチェックインします。

出発して一安心する私たち。
しかし、アプリを見ていた妻から一言。
「これ、逆方向に行ってる!!」(๑º ㅿº)
なんですとっ!( ꒪ͧ⌓꒪ͧ)
伸びていく到着時間。レンブラントの家、13時予約なのに。12時半に出て、レンブラントの家まで25分くらいかかるのに。
私たちは、逆方向のトラムに乗って、レンブラントの家へ向かいました。
む、向かえていねぇっ!!(;゚Д゚)
浪費家レンブラントの家 Rembrandthuis
逆方向じゃない真っ当なトラムに乗り換えて、一駅分増えたトラムのひとときを楽しみます。
トラムを降りるときは、降車ボタンを押して、運転手さんにお知らせ。カード読み取り機をタッチして、ボタンを押してドアを開けば、トラムを降りられます。
私たちは、Paleisstraat(宮殿通り?)駅でトラムを降りました。途中、アムステルダムの観光地の一つ、ダム広場を通りました(スリには注意!)。広場はゴミと人がいっぱいでした。

というわけで、無事(?)レンブラントの家(Rembrandthuis)へ到着。
”huis” はオランダ語で”house(家)”のこと。英語と似ているなと思いながら、館内へ。
レンブラントの家の基本情報と所要時間

2025年6月のチケット価格は、大人21.5€でした。ゴッホ美術館やアムステルダム国立美術館と違い、ここは18歳以下の子供もお金がかかります(5歳までは無料)。
しかし、I amsterdam City Cardを持っていれば、無料になります。
| 名称 | Rembrandthuis | |
| 住所 | Jodenbreestraat 4 1011NK Amsterdam | |
| 開館時間 | 基本:10:00 – 18:00(閉館時間は季節で変動あり) 詳細は必ず▶︎公式HPで確認! | |
| 予約 | 推奨(希望の時間が空いていないこともあるかも) ▶︎レンブラントの家公式予約ページ | |
| アクセス | メトロ | Nieuwmarkt駅より徒歩3分程度 |
| トラム | Waterlooplein駅より徒歩5分程度 | |
| ロッカー | あり(大・中・小から選ぶ) | |
所要時間は2時間程度でした。オーディオガイドを真面目に聞くと、それなりに時間がかかります。また、旧館と新館に分かれていて、新館をしっかりみると、もう少しかかるかもしれません(私たちは疲れてサラッとみてやめました)。
レンブラントの家のおすすめポイント
レンブラントの家は、レンブラントが昔、実際に住んでいた家を使って、当時の家の様子を再現した博物館です。

レンブラントの家では、レンブラントの銅版画(エッチング)などの珍しい展示もあり、他では見られないレンブラントの一面としては面白いです。
しかし、個人的に、一番の面白さは、一般人の10倍以上の収入があった、オランダ黄金時代の画家の生活が見えるところです。
貴族社会であった16〜17世紀のヨーロッパで、初めて経済でのし上がった国がオランダです。その中心は市民。特に17世紀前半から中頃にかけては、金持ちや貴族だけでなく、農民や一般市民まで家に絵画を飾っていたというから、驚きです。
そんな絵画バブルの時代にあって、画家の年収はかなりのものでした。
| 年収 | |
| 熟練ペンキ職人 | 100ギルダー1前後 |
| 一般労働者 | 200ギルダー |
| 画家 | 1150〜1400ギルダー |
レンブラントの場合、代表作の『夜警』では1600ギルダーの報酬を得ています(▶︎レンブラントの『夜警』やフェルメールの『牛乳を注ぐ女』|アムステルダム国立美術感の見どころ)。
あくまでかなりざっくりした感覚ですが、仮に私の年収400万円を基準にすると、画家は、最低でも年収2000〜2500万円は稼いでいたというイメージになります。
『夜警』は3200万円くらいのイメージでしょうか(費用は不明)。
すごすぎる!
お手伝いさんの部屋

無料のオーディオガイドを借りて、最初に入るのは、お手伝いさんの部屋。
キッチンとベッドが同じ部屋の中にあります。
キッチンには陶器の食器類が置かれ、大きな暖炉があります。井戸がキッチン内に引き込まれていますが、当時の井戸は雑菌が多く、水代わりにビールが飲まれていたそう(▶︎フェルメールの絵『牛乳を注ぐ女』に描かれたビールのジャグ)。

ベッドは狭く、座るように寝ていたそうです。こんなベッドで寝起きしていたなんて、懐の健全性はさておき、腰回りの健康が気になります。
腰いたたたたっ……って言いながら目を覚ましそうです。

ちなみに、中庭の井戸の底から出てきた当時の陶器の道具も展示されています。青と白のジャグはフェルメールの『牛乳を注ぐ女』にも描かれているのと同じ、この時代多く見られるドイツのSteinzeug という陶器でしょうか。う〜む。わからん。

私としては、キッチンの片隅に、この時代の絵画によく描かれる足温器らしきものが置かれていたことに、興奮しました。

足温器は、ヤン・ステーンの絵や、フェルメールの絵に描かれています。木の箱の中に、陶器の容器を置いて、その中に熱した炭を入れた暖房器具です。足の下に置かれることから、ドレスの中に招く→性的行為という意味合いがあると言われています。
つまり、ちょっとエッチな絵なのです。
あ、そういう意味で興奮したんじゃないですよ。
ち、違いますからね!!└(゚ロ゚;)┘
応接間

応接間には、外から直接入れるようにドアがついていました。
壁一面に飾られているのは、レンブラントがお客さんに売るための絵。レンブラント自身、弟子などの絵が飾られています。
オーディオガイドで絵の説明をしてくれるのですが、その絵がなくて、代わりに紹介されていない絵があったりして混乱しました。
床は、フェルメールの絵画に描かれるような、白黒の市松模様風。
居間+寝室

居間にもめちゃくちゃ絵が飾られています。

しかし、ベッドは寝られないサイズ。こんな狭いところで2人で寝たくない。

暖炉には、タイルが貼られています。デルフトかな? デルフトで焼かれていないデルフトタイルかな?(特にタイルはデルフト産以外が多いらしいですね)
▶︎デルフト焼はなぜ青い? ヨーロッパが「アジアを真似して生まれた陶器」の正体
コレクションルーム

絵を描くためのコレクション。骨董品や美術品が置かれています。
動物の剥製から、鳥の羽根や、ヨーロッパ人の彫刻。貝に、亀の甲羅に、甲冑まで。

天井からはセイウチの頭骨が。立派な牙(tusk)です。
アトリエ

ここでは、絵の具の作り方を実演していました。さまざまな鉱物や顔料を砕いて、粉にしたあと、こてや石臼を使って、油と粉を馴染ませて絵の具にします。

ここにもデルフトタイルのストーブが。絵は動物柄でした。

木の枠に布が貼られて、普段見ている絵画のキャンパスが布製であることを確認できて、私はちょっと感動。
レンブラントの破産

1656年50歳で破産。ここまで、部屋を色々見てきましたが、実はこの家こそ、レンブラントが破産して売られた家です。
借金して買ったときの値段は、1万3000ギルダー(2億6000万円くらいのイメージ?)。10年で、6000ギルダー返金しましたが、それ以上払えず。破産後1万1000ギルダーで売ったそうです。
なぜ、ここまで首が回らなくなったのか。一般に考えられている理由は主に4つほど。
- レンブラントの画風が古くなったこと2
- オランダの不景気→投資の失敗?
- 家のローン
- レンブラントの浪費癖→借金過多
(詳細な支出記録が残っていないため、完全な理由は不明)
レンブラントの家計の収支はどんな感じ?
もう少し詳しく内訳を考えてみます。
| 内容 | 金額 (ギルダー) | |
| 収入 | 絵画の販売 | 年収1400〜 (一般画家以上) |
| 弟子の月謝 | 年収100/人 | |
| 妻の持参金 (レーヴァルデン市長の娘) | ? | |
| 借金 | ? | |
| 支出 | 住宅ローン | 1万3000 (借金8000以上) |
| 美術品蒐集 | ? | |
| 画材 | 収入より圧倒的に少ない | |
| 生活費 (子はほぼ1人3) | 〜200 (一般人の収入以下) |
仮に本業と弟子の育成で年間2000ギルダー稼いでいたとして、生活費に一般人の収入の2倍の400〜500ギルダーかかっていたとしても、どれだけ費用を多く見積もっても年間1000ギルダーくらいは手元に残るはず。
実際はもっと収入もあったでしょう。例えば、1630年代に描いた『十字架降下』『十字架建て』『昇天』『キリスト埋葬』など受難伝7点で5400ギルダーの収入を得たことがわかっています。
これで、支出の方が大きいって、どゆこと??
テスラとベンツとアルファードを毎年購入しているレベルか??
レンブラントが、何にここまでお金を使ったのかは、わかっていません。
そりゃ、そうだ。
家計簿きっちりつけている浪費家がいたら、お目にかかりたいものです。
1642年に描いた『夜警』が不評だったことが、レンブラントの転落の原因だという話もありますが、現在は否定されているようです。同じ年に奥さんのサスキアが亡くなったのが、意外と大きかったのではないかと個人的には思っています。
まとめ
- レンブラントの家は実際に住んでいた建物を使って当時の生活を再現した博物館
- 銅版画やアトリエなど、他では見られない展示が魅力
- 所要時間は約2時間、オーディオガイド込み(ないと説明ほぼなし)
- 当時の画家の生活がリアルにわかる
- レンブラントは高収入にもかかわらず浪費で破産
- I amsterdam City Cardがあれば入場無料
- アムステルダム観光で17世紀のオランダに浸りたい人におすすめ
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
お金の管理が完璧すぎる私は、ベネルクス三国を旅行したおかげで、次の月の請求で、口座残高が3桁になりました。ど、どうにかなりました!ᐠ( ᐛ )ᐟ
ちなみに、フェルメール家もフェルメールが死んだ後に破産申請していますが、それは計画的なものだったと考えられています。
それでは〜!
参考文献
- 『フェルメールとそのライバルたち 絵画市場と画家の戦略』小林頼子 KADOKAWA 2021
- 『もっと知りたいレンブラント 生涯と作品』幸福輝著 東京美術 2011
脚注
- オランダ通貨フルデンgulden
英語ではギルダーguilderと呼ばれる。フィレンツェのフローリン金貨florijnに由来する。金を表すgoldと同義。 ↩︎ - 時流に合わない画風
絵画の売買で揉めたのは、1662〜63年のアムステルダム市庁舎からの依頼。レンブラントは『クラウディウス・キウィリスの謀議』という作品を描いたのですが、時流に合わない、絵厚塗りと粗描きが、依頼者に拒まれたと考えられています。 ↩︎ - レンブラントの子供
正妻サスキア(1642年死亡、享年29歳)との子供:長男ロンベルトゥス(生後2〜3ヶ月で死亡)、長女コルネリア(生後数週間で死亡)、次女コルネリア(生後数週間で死亡)、次男ティトゥス(1668年に27歳で死亡、翌年10月レンブラント死亡)
内縁の妻ヘンドリッキェ(1663年死亡、享年37歳)との子供:三女コルネリア
孫について:次男ティトゥスは1668年マフダレーナ・ファン・ロー結婚後7ヶ月で死亡したものの、1669年3月遺児ティティア誕生。
↩︎




コメント