新婚旅行でオランダを選んだ理由:フィンランド推しも妻のフェルメール推しには敵わない

新婚旅行でオランダを選んだ理由:フィンランド推しも妻の押しには敵わない ベネルクス

 新婚旅行にどこに行くか。

 夫婦の間で、行き先に関して、意見が割れることもあるのでは?? 

 時には血みどろの戦いになることがあるかもしれません。

 そんな悩みを持つ方のために、私たち夫婦がどのように行き先を決めたかについて、おはなししたいと思います。我が家は結局オランダを含む、ベネルクス三国に行くことになりました。

 

 

オランダとフィンランドってどんな国?

 まずは、私が推すフィンランドと、妻が推すオランダがどういう国かを見ていきましょう。

🇫🇮フィンランドってどんな国?

フィンランドのヘルシンキ大聖堂。ヘルシンキは帝政ロシア統治下で発展した都市

 フィンランドは1917年に独立した国です。スウェーデン領となっていた時代や、帝政ロシア統治下で自治領となっていた時代はありますが、フィンランド人が独自の国家を持ったのは、これが初めてのことです。

 そういう時代背景のためか、独自の教育制度や福祉制度など、伝統に縛られない、目新しさがあります。

アアルト大学の建築
アアルト大学の建築

 文化に関しては、スウェーデンやロシアの元で生まれた文化と、フィンランド人やカレリア人本来の文化を下地に、19世紀以降、今のフィンランド文化が形作られていきました。特に、1940〜50年代以降には、現代の北欧デザインの元となる、さまざまなデザインが生み出され、それが現在のフィンランド人気につながっています。

柄が大きく、色鮮やかでありながらシンプルな北欧デザイン
柄が大きく、色鮮やかでありながら、シンプルな北欧デザイン

 また、フィンランドに行くと、森に囲まれ、森を利用して生きていくしかなかったということをひしひしと感じます。狩猟やベリー採集、キノコ狩りをする文化は、私の祖父母の生活と似たようなところがあり、懐かしさを感じます。

マジで森しかない国
マジで森しかない国、フィンランド
フィンランドの野生のビルベリーたち
フィンランドの野生のビルベリーたち

 都会的すぎる場所を好まない私としては、フィンランドはとても合っていると感じます。

 ただ単に、初めてできたヨーロッパ人の友達がフィンランド人だったというのも大きく影響しているとは思いますが……。

 なにより、水道水が美味しく、治安も比較的良く、安心できるところが、フィンランドが日本人の旅行先として人気のある理由だと感じます。

 

 

 一方のオランダです。

🇳🇱オランダってどんな国?

  オランダといえば……?

オランダ、キンデルダイク(Kinderdijk)
オランダ、キンデルダイク(Kinderdijk)

 

 そう。フェルメールです。風俗画の巨匠です。

『真珠の耳飾りの少女』Johannes Vermeerと真珠の耳飾りミッフィーのツーショット(マウリッツハイス美術館)
『真珠の耳飾りの少女』Johannes Vermeerと真珠の耳飾りミッフィーのツーショット(マウリッツハイス美術館)

 ちなみに、フェルメールについてはこちら!
▶︎アムステルダム国立美術館のフェルメール3作品を解説

 

 

 え、他にもあるだろって?

オランダの帆船(アムステルダム国立美術館で撮影した模型)
オランダの帆船(アムステルダム国立美術館で撮影した模型)

 確かに、オランダといえば、日本人にとって馴染みの深い国です。オランダ東インド会社は、鎖国下の江戸幕府と唯一貿易していた国として有名です。

 オランダは、Netherlands(低い土地)という名の通り、現在も国土の4分の1は海抜下にあります。古くは、土を盛り上げて、そこに家を立てないといけないほど水浸しの土地でした。

 そのため、干拓技術や造船技術が発達。排水のために堤防や風車が発明されました。オランダの堤防の技術は、のちに日本にも伝えられ、岐阜・三重・愛知の河川の氾濫で困っていた地域に「輪中」が作られます。

オランダの風車
オランダの風車

 こうして生まれた干拓地は牧草地に適しているため、酪農が盛んになります。現代のオランダは、世界有数のチーズの輸出国となっています。

オランダの牧草地に横臥する乳牛
オランダの牧草地に横臥する乳牛

 

 さて、古代ローマ帝国や神聖ローマ帝国などが起こした荒波にも揉まれながら、オランダは、16世紀後半にネーデルラントとして独立。

 大航海時代に遅ればせながら参加し、オランダ東インド会社は、東南アジアや東アジア方面で覇権を握りました。

 貿易がもたらす巨万の富。

 これが、オランダ文化を勃興させます。オランダ東インド会社は資本を市民が出資したため、富は市民に還元され、市民文化が花開きました。

 教会に絵を売るなら、宗教画を描きますが、市民に絵を売るなら市民の生活を描いた風俗画の方がわかりやすいですよね。そこで、フェルメールのような風俗画家が活躍するわけです。

オランダを代表する風俗画(『猫のダンス・レッスン』Jan Havicksz Steen)

 そして、現代を生きる私の妻を喜ばせています。

 日本でも、江戸時代に文化の中心が町人に移って、盛んに町人の画が描かれていますよね。なんとなく似ているなあと思います。

ゴッホが模写した町人の浮世絵
ゴッホが模写した町人の浮世絵

 また、オランダといえば、チューリップが有名です。現在のチューリップ栽培もこの時代にチューリップへの投機が流行ったことが原因になっています。なんだか江戸時代に、町人の間で、変化朝顔の栽培や、万年青の栽培が流行って、投資対象になったことと似ていますね。

駐日オランダ王国大使館に飾られるひまわりとチューリップ
駐日オランダ王国大使館に飾られるひまわりとチューリップ
駐日オランダ王国大使館に植えられたチューリップ
駐日オランダ王国大使館に植えられたチューリップ

 

 そこから、ナポレオンやらナチス・ドイツやらに攻められたりして、国の体制もちょこちょこ変わりつつ、現代のオランダにつながります。

 20世紀には、建築やデザインで世界的に有名になるわけですが、まだ私の勉強不足なので、それはまた別の記事で。

Rotterdamの建築群
Rotterdamの建築群

 

 

オランダの妻 VS. フィンランドの私

 戦いは苛烈を極めました。

「オランダオランダオランダオランダオランダオランダオランダオランダ……」

「フィンランドフィンランドフィンランドフィンランドフィンランドフィンランド……」

 ……不毛な戦いです。

 しかし、フィンランドの方が圧倒的に不利です。文字数が多くて、言いにくいからです。まさか、フィンランドにそんな弱点があったとはっ!?

 これだけでは、決着がつきません。

 そこで、妻が伝家の宝刀を取り出します。

「あなた、前にオランダ連れて行ってくれるって言ったよね!?」

 

自らの発言に自分の足元を掬われた!?

 い、言いました。

 あれは、コロナ禍始まりくらいのときです。東京でフェルメール展をやっていたので、「行きたい」と言う妻を止めました。

 私はこう言いました。

(私)「今、フェルメール展に行かなくても、現地にはあるんだから、観に行ったらいいじゃん」

 悲しそうにしていた妻の顔が途端に輝きます。

(妻)「連れて行ってくれるの?」

(私)「お、おう。いいよ」

 

ああああああ!!

約束しちゃってたああああ!!

 

結論:妻の笑顔は無敵

フィンランドの冬の景色
フィンランドの冬の景色。さらばフィンランド

 というわけで、新婚旅行はオランダほかベネルクス三国に行くことになりました。フェルメールをゴリ押しされちゃいました。

 ええ。妻の笑顔には敵いませんとも。

 それでも、ルクセンブルクとベルギーはねじ込みました。隣国ですからね。

 

 

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