オランダの画家フェルメールの代表作『真珠の耳飾りの少女』。
その絵を初めて写真でみたときは「でっけえ真珠だな」と思いました。
「耳たぶ、重たくないのかしら」とも。
絵の真ん中で光を放つ耳飾りは、なんだかこの絵のもう一つの主役にも思えてきます。実際に自分の目で見てみると、その輝きがよくわかりました。実際、絵の具の粉がキラキラと光を反射しているのです。私は素直に感動しました。
だから、考えもしませんでした。
……この耳飾りが真珠ではない、なんて。
『真珠の耳飾り』にまつわる二つの疑惑

フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』。
現在、この絵に描かれた真珠は、本物ではないという説が有力です。
なぜか?
それは、次の2つの理由からです。
- サイズ:真珠が大きすぎる
- 質感:真珠としては、光の反射が不自然
詳しくみていきましょう。
1. 『真珠の耳飾りの少女』の真珠はなぜ大きすぎると言われるのか?
天然真珠の大きさ

真珠の耳飾りの少女の耳についている真珠は、直径2cmほどの大きさ。
一般に、宝石店などで目にする真珠は、1cmくらいあればかなり大きい方ですから、フェルメールの描いた真珠はとんでもない大きさです。
では、2cmの真珠が採れないかというと、そんなことはありません。
世界最大級の天然真珠を見てみると、
- 「ホープの真珠」‥‥5.3cm(19世紀)
- 「パールオブアジア」‥‥7.6cm(16世紀)
の2つが有名です。
ただ、固有の名前が付けられていることからもわかるとおり、このサイズの真珠が採れるのは、人類の歴史の中でもかなり稀です。
また、形はまん丸ではなく、洋梨形などといわれるものです1。
真珠がとれる確率
真珠養殖の確立は、19世紀末の日本。
17世紀のフェルメールの時代、真珠は天然物しかありませんでした。
『真珠の世界史』という本によると、天然の真珠は、1万個のアコヤガイを獲って、5mm以上の丸い真珠が1個出ればいい方だったといいます。また、ポリネシアでは、1万5000個のクロチョウガイを獲って、宝石になるのは1個程度、スリランカのアコヤガイの仲間では、特に上質な真珠は100万個に1個程度しかなかったそうです2(『真珠の文化誌』より)。

つまり、宝石として使える真珠が採れるのは、1万〜100万分の1だとわかります。アコヤガイの仲間で大きめのシロチョウガイであれば、1.5cm以上の真珠も採れるので、2cm近いものも採れる可能性はありますが、だとしても、とてつもなく低い確率だと想像できます。
2. 真珠の光沢が金属的?? 光の反射は不自然か?
「少女は真珠など身につけていない」
これは、ライデン大学天文学教授&造形芸術家のVincent Ickeさんが、2014年に『New Scientist』誌の12月号の中で唱えた説3です。
その根拠が真珠の光沢です。

Ickeさんは「描かれた反射の仕方が、真珠特有の柔らかな光沢というより、磨かれた金属やガラスのような鏡面的な反射に見える」と解釈しました。
『真珠をつくる』という本によると、真珠は、炭酸カルシウム結晶と硬タンパク質で構成された、透明な薄い層が幾重にも重なることで、光の反射と屈折が複雑に起こり、柔らかな、少しぼやけた光沢を生み出します。

ところが、『真珠の耳飾りの少女』の絵の中の真珠には、左上の強い光の反射と下側の白い襟の反射が確認できます。Ickeさんは、この反射の仕方が、真珠特有の柔らかな光沢というより、金属やガラスのような鏡面的な反射に見えると考え、イアリングは銀や錫のような金属製ではないかと主張しています。
実際、我が家のアコヤガイ真珠(たしか愛媛県産)をみると、もう少し柔らかい色をしていて、フェルメールの真珠は金属的だなと感じます(指を近づけると肌の色などは反射します)。

それと比べると、耳飾りの真珠はギラギラしているように見えます。2cmの天然真珠なら、真珠層もかなり厚いでしょうから、光ももう少し柔らかいのではないかと想像します。
では、フェルメールは何を描いたのでしょうか?
フェルメールは天然真珠を手に入れられたか?
もう一度基本情報に立ち返りましょう。
本物の真珠というのは、本当にありえないものでしょうか?
大きさは必ずしも存在しえないものではありませんが、問題は金額です。
Smithsonian magazineによると、これほど大きく、形の良い真珠を、当時の主要産地である南アジアから、交易によって手にいれるとなると、天文学的な値がつくと述べています4。
当時、このような真珠を手に入れられたのは、国王レベルの国家元首のみでした。あるいは、イーロン・マスク級の世界的大富豪であれば、購入可能かもしれませんが、パトロンがいたとしても、一介の画家が手にいれるのは難しいでしょう。
では、真珠を借りるというのは、どうでしょうか?
近世・近代ヨーロッパでは、貴族間での宝飾品の貸し借りがあったと聞きます。
ただ、フェルメールは風俗画家です。しかも、オランダの一地方の画家であって、国家を股にかけるような画家ではありません。そうすると、借りるあてがあったとは考えにくいかもしれません。
でも、本物の真珠というロマンを求めるのであれば、この可能性を捨て切るのももったいない気がします。
ラピスラズリという大変高価な青色顔料を使っていた(宝石を砕いて絵にするような感覚)フェルメールですから、巨大真珠の持ち主との伝も、もしかしたらあったかもしれません。
マウリッツハイス美術館の公式見解

『真珠の耳飾りの少女』を所蔵するマウリッツハイス美術館のHPには次のように書かれています。
Too large to be real
This pearl is too large to be real. It is probably an imitation pearl. Vermeer painted it with only two strokes of white paint: one at the bottom to reflect the collar and a thick dab at the top. There is nothing more, not even a silver hook.
(【翻訳】大きすぎて本物ではない この真珠は、本物の天然真珠としては大きすぎます。おそらく模造真珠です。フェルメールは、白い絵具をわずか2回筆を運んで描いただけ。下の襟の反射を描くために下に一筆、そして上に厚く一突き。それ以上はなく、真珠を吊り下げる銀の金具さえ描かれていません。)
つまり、公式には、偽物説が濃厚です。もう少し詳しくみてみましょう。
耳飾りなのに、耳に吊り下げるための金具がない!?
『真珠の耳飾りの少女』の顔料に関する研究(Delaney et al. 2020)では、真珠の耳飾りを単なる “illusion(錯覚)” だと主張しています。
フェルメールは、背景と顔→黄色い上着→白い襟→ターバン→「真珠」の順にこの絵を書きました。この真珠の耳飾りには、輪郭線がなく、吊り下げるための金具もありません。わかりやすくいえば、最後に白い絵の具をちょこちょこっと塗っただけの「耳飾りのように見える何か」です。

つまり、”illusion(イリュージョン)”です。
こうなると、そこに実際に存在したわけではなく、フェルメールが想像で描き加えた可能性も出てきますね。
私は、背景が暗くて見えないだけかなと思っていたのですが、輪郭線すら描かれていないのであれば、耳飾りが宙に浮いた状態なのかもしれません。
虚空に浮く真珠。
本物の絵を見る機会があれば、よく確認してみてください!
偽物の真珠はどのように作っていたの?
さて、マウリッツハイス美術館の説明には、「模造真珠」という言葉が出てきました。
では、偽物の真珠はどのようにつくられていたのでしょうか。
『真珠の文化誌』という本には、2つの方法が紹介されています。

- 貝の真珠層をパウダー状にして、ガラスビーズに塗りつける方法。
- オイル漬けした魚の鱗を接着剤と混ぜて(”essence d’orient“「エサンス・ドリヤン」)、中空のガラスビーズに吹き付ける方法
とくに2つ目の方法は、フェルメールがこの絵を描く少し前にフランスのロザリオ職人によって考案され、オランダにも入ってきていたと考えられています。
こうなると、偽物の真珠という説がもっともらしく感じられてきますね。
結論:『少女』の真珠は本物か?
では、『真珠の耳飾りの少女』に描かれた真珠は本物かについて、総合的に考えてみましょう。
- 本物の真珠の場合‥‥天然真珠としては巨大かつ高価すぎるため、フェルメールが所持していたとは考えにくい。借りた or 見せてもらった可能性はゼロではない
- 偽物の真珠の場合‥‥模造真珠を使った可能性 or 想像で描き加えた可能性
論理的に考えるなら、『真珠の耳飾りの少女』の真珠は偽物だったとするのが妥当かなと感じました。でも、ロマンがないので、私としては、本物の可能性を捨てたくはないです。というか、棄却できません。
可能性が捨てられないということは……?
この絵の真珠は本物です!
本物なのですっ!! いいですねっ!?
参考文献
- Vandivere, A., Wadum, J., & Leonhardt, E. (2020). The Girl in the Spotlight: Vermeer at work, his materials and techniques in Girl with a Pearl Earring. Heritage Science, 8(1), 1-10.
- Delaney, J. K., Dooley, K. A., Van Loon, A., & Vandivere, A. (2020). Mapping the pigment distribution of Vermeer’s Girl with a Pearl Earring. Heritage Science, 8(1), 1-16.
- 『真珠の世界史 富と野望の五千年』山田篤美 著 中公新書 2013
- 『[図説] 真珠の文化誌』フィオナ・リンゼイ・シェン 著 原書房 2023
- 『真珠をつくる』和田克彦 著 成山堂書店(ベルソーブックス) 2011
- 小松博, 鈴木千代子, & 小倉繁太郎. (2002). 淡色系, 濃色系真珠に現れる光の干渉現象とその測定. 宝石学会誌, 23(1-4), 5-15.
脚注
- 真珠の形について
昔の天然真珠でまん丸なものは本当に少ないです。ただ、形が複雑でぼこぼこしたものなども、バロック真珠と呼ばれ、重宝されました。その形は逆に想像力を掻き立て、芸術に昇華されています。
Rijksmuseum Amsterdam, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, via Wikimedia Commons, and shakko, CC BY-SA 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons
↩︎ - 球体の真珠
宝石になる真珠のうち、まん丸な球体(八方転がし)は1000個に1つ程度らしい。 ↩︎ - Ickeさんの「真珠偽物」説
chatGPTによると、この説は「ライデン大学の天体物理学者で造形芸術家でもあるVincent Icke氏が、2014年にオランダ物理学会誌『Nederlands Tijdschrift voor Natuurkunde』で発表したもの」らしいですが、その情報がどこに書いてあるかを確認できなかったため、私が確認できた範囲で、『New Scientist』誌で唱えられたものである、とここでは書いています。 ↩︎ - 淡水真珠の可能性は?
淡水真珠はスコットランドや北欧など、ヨーロッパの各地の河川や湖で採取できる真珠です。もしかすると、淡水真珠を持っていた可能性もゼロではないのかなと思ったりしました。私の心象では、淡水真珠の方が乳白色がかったものが多いですが、銀色っぽい真珠もあります。ただ、スコットランドの真珠に関しては、スコットランド内で採れた真珠は全て王家のものとされたりしていることなどや、この点を指摘している文章がないことを考えると、そもそもヨーロッパ産の真珠がフェルメールの手元に流れる可能性は低いのかもしれません。 ↩︎



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