※この記事は昔少しだけ書いていたブログ記事を転載したものです。
こんにちは、ズッキーです。
今回は、私がフィンランド留学中に経験した「海外の洗礼」についてお話しします。日本食は食べないと決めていた私の固い固いポリシーが、わずか1ヶ月で崩壊した、その理由とは…?
↓1つ目の海外の洗礼はこれ。
私のポリシー
私は海外に行くと、ほとんど日本食は食べないようにしています。
せっかく海外に行ったのに、海外のものを食べないのは勿体無いし、なんで海外に行っているのか、わからない気がするからです。「郷に入れば郷に従え」は我が家の教えでしたし、私が尊敬する数々の作家や冒険家もそのような行動を取っているので、私もそれに従っています。
だから、海外に行っても、日本食を食べようとするのが、あまりよくわかりません。たまには、海外のお寿司を食べてもいいかもしれないと思うことはあります。お寿司は海外アレンジが効いているし、ネタとしても面白いです。でも、興味があるのですが、優先順位は低いです。
私は留学中であっても、この考えをほとんど変えていません。日本食を海外で食べようとすると、高いというのもあります。だから、人から誘われたら食べても良いけど、自分からは日本食は食すまいと心に誓っていました。
私はこの信念を曲げるつもりはない。…と思っていたはずでした。この信念を貫くことを堅く堅く誓って、聖書に誓ってもいいとすら思っていたのに、その信念はあっさりと崩壊しました。
この考えを覆さざるを得ない、大事件が起きたのです。それは、留学生活が始まって一ヶ月が経とうとしていた頃のことです。それは週末でした。
友達の週末コテージに誘われて

私は友人のコテージに誘われていました。
Ouluには、日本好きのフィンランド人のグループがあって、私たち日本人は度々、フィンランド人のコテージに招かれていました。そして、その2月は、私が留学して初めてコテージに誘われて行くことになっていた回でした。
初めてフィンランドのコテージを味わうということが、楽しみで仕方ありませんでした。ドキドキとワクワクと緊張で危うく病気になるんじゃないかと思いながら、私はソワソワと日々を過ごしていました。コテージへは金曜日に出発だったので、その週は、普段通りに授業を受けていました。
そして、金曜日になりました。たしか、その日は授業がなかったんじゃないかと思うのですが、はっきりとは覚えていません。
というより、それどころではありませんでした。
危うく病気になりそうだとか思ったせいで、案の定というべきか、私は熱を出していました。大事件でした。すぐに私は友人に連絡を取って、コテージに行けない旨を伝えました。泣く泣く伝えました。私はぐったりとベッドに身を横たえ、死体みたいにグデっとなりました。
なんか、めちゃくちゃしんどかったのです。いまだかつて、風邪というものはこんなにしんどかっただろうかと思うくらい、しんどかったです。腰は痛いわ、頭は悪いわ、体は重いわ、体は熱々だわで、ベッドから起き上がることすら、億劫でした。全身の関節が軋むように痛みました。
たぶん私の体は、日本の風邪に対する免疫は持っていたけど、フィンランドの風邪の菌に対する免疫は全くなかったのです。初めての相手に、私の体は、私の持てる全てを持って歓迎したに違いありません。まるで体内の免疫細胞たちが総力戦を仕掛けたかのように、熱と倦怠感が爆発しました。私の体の免疫システムによる歓迎が盛り上がりすぎたせいで、今までないくらいにしんどかったです。
きっとフィンランドの蚊に刺されるとアレルギー反応が過剰に出て、日本よりも腫れたりするのと同じ現象です。私はそう思っています。
COVID-19が流行った時に、みんながめちゃくちゃしんどい思いをしたのも、強毒性のウイルスであることもありますが、未知のウイルスに体がハッスルしてしまうせいではないかと、この時の経験から、私は推察しています。
ルームメートの優しさと曲がる信念
話を戻しましょう。
いつも朝に出発する、ルームメイトのイタリア人が部屋に帰ってきた頃には、私は風邪の絶頂期に突入していました。スーパーに行く元気なんて、これっぽっちも湧きませんでした。
「ズッキー、大丈夫?」
「う〜ん。風邪ひいたみたい」
気遣いの塊みたいなイタリア人だったので(彼には部屋を空けることを伝えていた)、すぐに様子を察して、私に声をかけてくれました。
風邪ってなんていうんだっけと思って、”I have a fever”をネットで調べたのは彼には秘密です。めちゃくちゃ頭の熱がフィーバーしすぎて、全然英語が頭に思い浮かびませんでした(catch a coldでもいいけど、完全に熱があったから、feverでいいと思う)。
「そりゃ大変だ。なんか必要なものない? 食べ物買って来ようか?」
その言葉ほど有難かったことはありません。
その時、パッと頭に思い浮かんだものを私は口に出しました。
「米が欲しい。米が食べたい。」
なんでしょう。人は弱っている時に、故郷の味が欲しくなるのでしょうか。そうして、私は、日本を出てからついぞ口にしていなかったお米を1ヶ月ぶりに食べることになりました。
ちなみに、フィンランドには、puuroriisiという、フィンランド人の知人(日本旅行経験者)が言うところの「ゲロまずい」米があります。ミルク粥(riisipuuro)用の米(riisipuuro用の米だからpuuro=粥、riisi=米でpuuroriisi。面白いよね)なのですが、味は、日本のものと比べると……ちょっと残念な感じです。なので、一ヶ月くらい経って日本の米の味を忘れてから食べることをおすすめします。私のように。
実際、のちに日本人留学生の知人に親から送られたお米が届いたので、ご相伴に与かってお米を食べたら、めちゃくちゃ美味しくて、そのあと、puuroriisiを食べた時は、「なんだこれ、クソまずいな」と私も思いました。
ついでですが、海外で生活するつもりなら、米は鍋で炊けるようになっておくと便利です。私は日本で普通の学生生活を送っている間に学んだのですが、お鍋で炊けるに越したことはありません。炊飯器が手に入るとは限らないので。
とにかく、ルームメートにお米を買ってきてもらったときの私は、
「うお〜、米だ!米だ!」
と謎に興奮していました。自ら米を絶ったくせにです。そして、その時は、米はやっぱりめちゃくちゃうまいなと思いました。そして、やっぱ病気の時は米だよな、という謎の感動を覚えました。
私は悟りました。
「ああ、信念なんて、こんなにも簡単に崩れるものなのか」と。
いや、違う。
「信念は、病気には勝てない」と。
いや、勝つ必要はないのです。病気に打ち勝つためなら、私は信念くらい全然曲げてみせましょう。
そして、私のルームメイトさん。あの時は本当にありがとう。とても嬉しかったです。
それでは〜。






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