こんにちは。
ズッキーです。
台湾に旅行に行ったとき、道教の寺廟にお邪魔したのですが、道教の神様のことがさっぱりわからず、そこにいらっしゃる神様に申し訳ない気持ちになったのと、流石に馴染みのない神様に何をどう祈っていいのかわからなかったので、自分なりに「道教」というものについて調べてみることにしました。( ᐛ )و
はじめに
道教の道士というと、私は「仙人」の修行をする人々というイメージを持っています。
そして、仙人のイメージというと、こんなイメージがあります。
- 立派な白いおヒゲをたくわえている
- ボコボコした木の杖を持っている
- 普段はほっそりしているが、かなりの武闘派
- 赤縁のサングラスとアロハシャツ短パン姿
- ジャッキー・チェン似の格好をして武闘会に参加する
- 牛乳配達や農業のアルバイトで弟子の修行をする
- スケベな本が好きで、本を貢がれて弟子を取る
- 手からビームを出して、山火事を山ごと吹き飛ばして消火する
- 弟子が月を見て理性を失ったので、月をビームで木っ端微塵に吹き飛ばす
- 20kgないしは40kgの亀の甲羅を背負っている。
- 「武天老師さま」と呼ばれ、世間から尊敬される人物

つまり、仙人というと、私の中では、そのまんま『ドラゴンボール』の孫悟空の師匠「亀仙人」のイメージです!!1 ٩( °ꇴ °)۶
一方で、本物の道教の仙人に関しては、全くイメージがわきません。それくらい、中国の仙人や道教という宗教は、日本人にとっては馴染みがなく、謎に包まれたものなのではないでしょうか。( ᐢ ॑ ꒳ ॑ ᐢ )
世界史の教科書[1]を見てみると、道教に関して、金丹というスゴイお薬を作って不老不死を目指す宗教だとか、この不老不死研究のための一種の錬金術(練丹)が、火薬の生成に一役買ったという話が出てきます2。また、道教の構成要素として、「老荘思想」というものが出てきますが、この思想を代表する絵として紹介されているのが、爺さんたちが井戸端会議をしている絵(『竹林の七賢』)なのです。これが老荘思想を表しているということを言われても、う〜ん、と思ってしまいます。(。-`ω-ก)
つまり、道教や老荘思想についてはサラッと触れる程度で、その中身は詳しく説明されていないのです。
高等教育の世界史の教科書ですら、この程度しか触れていないので、一般に道教を知っている人なんて、ほとんどいないでしょう。それが台湾や中国に旅行に行くと、突然道教に出会って、「一体全体この宗教はなんなんだ?」と思う方も多いのではないでしょうか。
そこで、今回は、道教に関する本をもとに、皆さんと一緒に道教について勉強していきたいと思います。私にも皆さんにもわかりやすいように、日本人にとって馴染みのある事柄から、道教にアプローチしていければと思っています。٩( ᐛ )و
道教ってなに?
道教は、中国土着の多神教です。中国では、道教、儒教、仏教の主に3つの宗教がお互いに影響し合い、混ざり合いながら、発展してきました。儒教を説いた孔子も、仏教の観音様も、道教の神様として祀られていることから、道教は三教融和の宗教とも言われています[2], [3], [4], [5]。
これだけだと道教に対するイメージが湧かないと思うので、道教とは何かについて、道教について解説した本の言葉を引用して、見ていきたいと思います。
道教とは…
万物それぞれに生命力を認める、特に目に見えない「気」の運動、これを根拠としてそれにわが身をゆだねて救済を求める、これが道教ではないか
『道教と東南アジア華人社会』坂出祥伸著 2013 東方書店
また、
道教は、人間を宇宙・自然から超越したものではなく、つまり自然を支配するものではなく、その構成要素の一つとして位置づけ、自然と一体化することを選んだ宗教である。さまざまな意味での陰と陽との均衡と調和を重視し、目に見えるもの、耳に聞こえるもの、肌に感ずるもののみではなく、心の動きにも神が宿るという宗教観をもつ道教は、己を取り巻くすべてのものに神性を認める。日々の不安、将来の無事、死後の安福など、人のさまざまな願望・欲望の多様性を反映して、それに応える霊験と機能を持つ神が、つぎつぎと生み出される。この宗教に、特定の創始者の存在が語られることの少ない理由である。
『道教の神々と祭り』野口鐵郎・田中文雄編 2004 あじあブックス 大修館書店
専門書なので、少し言葉が難しいかもしれません。というか、正直この説明だけだと私もさっぱりわかりません。( ー̀ὢー́ )
ですが、ここから理解できる部分もあります。
- 植物も動物もモノも、そして人間も、すべてに共通した力のようなものを持っており、これを「気」と呼んでいること
- 自然と一体化することを一つの目的としていること
- 色々なものに神が宿ると考えていること
- ブッダやキリストのような創始者や預言者がいないこと
「気」については、どこか『スターウォーズ』の「フォース」の概念に似ていると思いました(スターウォーズを見たことがない方は是非見てください。めちゃくちゃ面白いので!!)
『スターウォーズ』は見たことがない方もいると思いますが、「「気」が何かと訊かれると説明はできないけど、なんとなくわからなくもない」くらいの共通認識はあるのではないかと思います。「気」といえば、『ドラゴンボール』を始め、数々の漫画やアニメ、映画やテレビ、ゲームなどで日本人なら誰でも触れる機会があった概念だと思います。
でも、これだけだと曖昧なままのは変わりません。何よりも「道教」という言葉を聞いた瞬間に思い浮かぶ最大の疑問に対する答えがありません。
「いや、道教の「道」ってなにさ???」୧( -᷅_-᷄ )୨
こう思うわけです。
仏教は仏の教え。
キリスト教はキリストの教え。
では、道教は「道」の教えなのでしょうか???
臓器にも神様
「道」の話をする前に、少しだけ寄り道させてください。せっかく色々なものに神様が宿るという話が出たので、そのあたりの説明をしたいと思います。
わかりやすくするため、日本と比較してみましょう。
日本でも、いろいろなものに神様が宿っているという考えがあります。例えば、私は親から「お米の一粒一粒に神様が宿っているから、雑に扱ったり無駄にしちゃダメよ」と言われました。
台湾では、親不孝や穀物を粗末にする人を「雷公仔点心(雷公のおやつ)」と表現するそうです[2]。これは、「悪いことをしたら雷神に雷を当てられちゃうぞ」というニュアンスの言葉だと考えられます。
今の雷公の例は「ものに神様が宿る」という考えとは少し性質が異なりますが、道教でもさまざまなものに神様が宿っていると考えるようです[2], [6]。
例えば、私が個人的に面白いと思うのは、身体のあらゆる部位に神様が宿ると考えられていることです。道教において、身体にいる神様の数は、360とも1万8000とも3万6000とも言われています[2], [6]。
(幅ありすぎ!!(; ゚ ロ゚))
大事な臓器には、大事な神様が宿っています。肝臓は青龍、肺は白虎、心臓は朱雀、胆嚢は玄武、脾臓は鳳凰というように、日本でも方角を司ることで有名な神様が宿っています[6]。
これはなぜかというと、身体の中から「気」が減少することは、病や死に繋がると考えられていて、「気」が失われると、臓器などを司る神々も肉体を抜け出してしまうという考えているからです[2], [6]。
ちょっと不思議な考え方のような気もしますが、確かに、身体に神様が宿っていると考えると、「身体に気をつかって、大事にしないといけないな」という気持ちになりますね!(ちなみに二十四節気に合わせて24の神様がいるという考え[6]もありますが、ここでは割愛します(`ω´; ))
「身体に神が宿る」という状態が文字だけでは想像しづらいと思うので、わかりやすくするために、図にしてみました。

絵にしてみると、結構賑やかな印象です。こんな風に身体に神様が宿っていると考えると心強い感じがしますね。しかも、実際にはこれ(五柱)よりも多くの神様が宿っているわけですから、心強いことこの上なしです。360柱も36,000柱も宿っているので、もはや百人力どころの騒ぎではありません。少し想像しただけで、みなぎるパワーを感じます。
こ、これが「気」の力なのでしょうか!?(ᐙ 三 ᐕ)
こんなに自分を支えてくれる神様に胸を張って生きれるように、頑張りたいとも思えますね!!
さて、寄り道はこの辺りにして、ここからはいよいよ道教の「道」の説明に入りたいと思います。
道教の成り立ち
道教の「道」は、老荘思想と呼ばれる考え方が元になっています。
道教は、この「老荘思想」による理論と、「神仙思想」、「仙術」、「陰陽五行説」などの中国の民間信仰が合わさって成立しました。そこに儒教や仏教の考え方を取り入れて今の形になりました[7]。
それでは、一つ一つの用語について見ていきましょう。
老荘思想

老子『道教の神々と祭り』野口鐵郎・田中文雄編 2004より
深すぎて私にはわからない部分も多いですが、私はディズニーの『アナと雪の女王』のテーマ曲「レット・イット・ゴー〜ありのままで〜」を思い浮かべました。みんなが違うことが普通で、原点に立ち戻って、ありのままでいることが良いとされる現代的考え方にも合致しているかもしれませんね。
さて、この「道」は森羅万象のありとあらゆるものの根源なので、神様すら「道」と繋がっているということになります。そして、あらゆるものが等しく「道」を目指せるということは、ありとあらゆる存在が神様になれる可能性があるということです。これが民間信仰の神々と結びつき、神々は「道」の一面が顕現した姿であるとされ、道教に組み込まれました。これは、自分の中の「道」を具現化したものとして、神の姿を思い描くというイメージです[2], [10]。
なんとなく上の項目で説明した道教の定義や臓器の神様の話とも結びついてきましたね!!(૭ ᐕ)૭
神仙思想

仙術

陰陽五行説


「陰陽五行説」は、日本の陰陽道にも取り入れられているため、ご存じの方もいらっしゃると思います。「陰陽説☯」とは、この世のあらゆるものを「陰」と「陽」という二つの概念に分類する考え方です[8]。女性が陰の気を持ち、男性が陽の気を持つとされることからもわかるように、陰陽☯は互いに相反すると同時に、補いあってもいます。これに加えて、あらゆるものが木・火・土・金・水の五行から成り立っているとする「五行説」が合わさったものが「陰陽五行説」です[8]。
五行を構成する5つの要素は、互いに循環しています。「木気から火気が生じ、火気から土気が生じ、土気から金気が生じ、金気から水気が生じる」と考えられています。これを「五行相生」と呼びます[8]。また、「木気が土気を減じ、土気が水気を減じ、水気が火気を減じ、……」という考えを「五行相剋」と呼びます[8]。
干支

十干は五行それぞれが陽と陰をもつと考えられていて、それぞれに漢字が当てられています[8]。「甲、乙、丙、丁、……」は今でも番号づけの代わりに使われたりしますね。また、最近で有名なところでは、漫画『鬼滅の刃』で階級を表す名称として出てきます。

十二支は、みなさんご存知だと思います。正月になったら、毎年話題になりますし、生まれが何年かは日常会話でも出てくることが多い話題です。十二支は方角に使われたり、時刻に使われています[8]。東京駅には、方角を表す十二支のうち、子、卯、午、酉以外の8種類の動物がレリーフとして描かれています。

現在では、十二支のことを干支と呼ぶことも多いですが、干支とは、十「干」と十二「支」の組み合わせのことです。つまり、「甲子、乙丑、寅丙、卯丁、……..」と組み合わせていきます。10と12の最小公倍数は60なので、60年でこの暦を一周するようにできています。なので、60歳になると、還暦と言ってお祝いします。
干支の表を作ってみました。今年(2025)の干支は、乙巳です。平成元年(1989)は己巳、令和元年(2019)は己亥です。興味があれば、自分の干支を探してみてください。
ちなみに、甲子園球場は甲子の年(1924)に建てられたことから名付けらました。当時は牛でグラウンドの土を均したそうです[11]。日本の幕末〜明治時代の戊辰戦争(1868)[12]や、中国の清打倒が起きた辛亥革命(1911)[13]も同じように干支が由来です。
さて、道教は、このような思想を骨組みとして、仏教や儒教を取り入れて今の形になりました。しかも、それに加えて、キリストやムハンマドなど世界的な宗教の教祖などを神様として取り入れているようです[6]。どうやら道教は、許容力の塊のような、俗っぽい、ゆるゆるっとしたとした宗教のようです。なんだか少し神道にも近いものを感じますね。
まとめ
ここまで読んでいただいてありがとうございます。(๑ˊ͈ ꇴ ˋ͈)
この記事では、「道教」という、少しマニアックな話題な上、怪しげにも聞こえる宗教のご紹介をしました。あまり触れる機会がない宗教ではありますが、道教は中国人の民族的宗教であり、かなり長い歴史のある宗教です。
日本人にも関係の深い話題を通して、意外と日本人とも関わりの深い宗教であることが実感してもらえたら嬉しく思います。
道教ってなに?
- 中国土着の多神教
- 世界の根源である「道」を目指して、自然と一体化しようとする宗教
- 日本人にも馴染みが深い、仙人や干支の考えを生んだ
次の記事では、道教の神様などをご紹介したいと思っています。「えっ、あの神様も道教の神様!?( ᐙ )」と驚いてもらえるのではないかと思います。引き続き読んでいただければ嬉しいです。
参考文献
- おそらく浜島書店の『世界史詳覧』 or 帝国書院の『最新世界史図説タペストリー』(持っていた世界史の教科書を捨ててしまったので、著者の記憶による)。教科書の特定はできなかったものの、事実確認はしているので、脚注2「火薬の起源について」を参照のこと。
- 『道教の神々と祭り』野口鐵郎・田中文雄編 2004 あじあブックス 大修館書店
- 『日本と道教文化』 坂出祥伸著 2010 角川選書
- 『現代台湾宗教の諸相 台湾漢族に関する文化人類学的研究』五十嵐真子著 2006 人文書院
- 『台湾の道教と民間信仰』劉枝萬 1994 風響社
- 『道教の本 不老不死をめざす仙道呪術の世界』Books Esoterica 1993
- 『新版 一冊でわかるイラストでわかる図解宗教史』塩尻和子・津城寛文・吉水千鶴子監修 2022 成美堂出版
- 『徹底図解 世界の宗教』島崎晋著 2010 新星出版社
- 『老子・荘子』森三樹三郎著 2016 講談社学術文庫
- 『道教と東南アジア華人社会』坂出祥伸著 2013 東方書店
- 甲子園球場公式HP(https://koshien.hanshin.co.jp/history/)2025/2/14アクセス
- Wikipedia戊辰戦争(https://ja.wikipedia.org/wiki/戊辰戦争)2025/2/14アクセス
- Wikipedia辛亥革命(https://ja.wikipedia.org/wiki/辛亥革命)2025/2/14アクセス
脚注
- 『ドラゴンボール』の余談
『ドラゴンボール』は子供の頃、図書館で借りて読んでいました。ただ、図書館では、毎回借りられる巻数が違う上、なぜか絶対に出会えない巻があったので、読めない巻については想像で補っていました。1~2巻に出会えたのは、読み始めて何年も経ってからでした。3巻は何度も何度も読んでいるので、記憶にばっちし残っています笑笑
↩︎ - 火薬の起源について
中国の練丹が起源といっておそらく間違いないでしょう。私が高校生の時に見た世界史の図表集にも書いてあった記憶がありますし、いくつかの文献で確認もしました(『道教の本 不老不死をめざす仙道呪術の世界』など)。中でも、火薬学会がオンラインで公開している『火薬は誰が発明したか』(南坊平造著 1964 工業火薬協会誌)が詳しいです。
中国で秦の始皇帝が不老不死の薬を東海に求め、老子が練丹術を産み、B. C. 220魏伯陽の練丹書周易参同契が出た。B.C. 160 ~122 劉安の准南子に硫黄、炭、消と黒色火薬の三成分が現われ、硫化銅を含む金鉱より金銀の分離術であることが判った。A.D. 125 ~144 一位老人の丹薬炉の火焔で小舎が焼けた。鄭思遠(264 ~ 322)の伏火硝石法で硫黄雄黄を硝石を含んだ器の中で密にして焼くと火焔が発生し手面を焼き家を焼いた。唐の孫真人(<682)の伏火硝石法に硝石硫黄各2両を粉末にして混ぜ銀鍋に入れサイカチの実3ケを入れて発火させ最後に熟炭3斤を加えた。清盧子の伏火◯法の記録を綜合検討すると、黄金を作る練丹炉では原鉱に硝石、硫黄を加え低音反応で金と銅とを分離する時、誤って後段の木炭を加えて爆発事故が発生斯くて少くとも紀元2~3世紀には黒色火薬が練丹家によって無作意に発明されていたと考えられる。
この練丹というのが、道教の不老不死の薬づくりを意味しています。なので、火薬は道教に由来すると言っても間違いではないでしょう。
これに関して、分かりやすい本では、こども用の本ですが、『みんなが知りたい! 「世界の大発明」がわかる本』(プロジェクトM著 2005 メイツ出版)という本が簡単で読みやすく書いてあります。
紀元前200年頃の中国(秦)では
「皇帝の命令で不老長寿の薬を作っているのですが、これがなかなかできません」(マンガで説明)
中国では、火薬を作るのに必要な硝石(硝酸カリウム)は、秦の始皇帝の頃には知られ、3世紀頃には炭素や硫黄を加えて爆竹や花火に使用されていました。武器に使用されたのは10世紀宋の時代。でも、そのころは威力が弱く、敵陣に火をつける程度だったようです。
黒色火薬がヨーロッパに渡ったのは13世紀、モンゴル族の遠征の時でした。日本でも元寇の時、初めて火薬を使った武器「てつはう」を見てその音に驚いています。
今ではあまりイメージがないかもしれませんが、モンゴルは、かつてはヨーロッパと戦争をするほど、広大な帝国を築きました。その戦いの際に黒色火薬がヨーロッパに伝わったのでしょう。この本でも、黒色火薬が中国起源であることが書かれています。また、中国の火薬の歴史が相当に古いこともわかります。
ただし、黒色火薬の発明については、本により記述が異なることがあります。
たとえば、歴史の教科書で不動の地位を誇る山川出版社の『新 もういちど読む山川世界史』(「世界の歴史」編集委員会編 2020 1版第2刷)には、
「三大発明」とよばれるもののうち、少なくとも羅針盤と火薬(火砲)は中国起源のもので、それがイスラーム教徒を通じてヨーロッパに伝えられた。もとより、この過程で羅針盤にはヨーロッパ人の手で改良が加えられ、とりわけ鉄砲による弾丸・発射・爆破に必要な黒色火薬(木炭・硫黄・のほか硝石をふくむ)は、中世末期のヨーロッパで発明されたらしい。いずれにせよ、「大航海時代」にポルトガルがイスラーム商人を駆逐してインド洋の制海権を握り、いちはやく東南アジアへ進出できたのは、すでにこのころ、火砲の威力においてヨーロッパが東洋にまさっていたことの証拠であろう。
とあります。これによると、黒色火薬はヨーロッパで発明されたようにも思えます。
一方で、『モノの世界史 刻み込まれた人類の歩み』(宮崎正勝 2002 原書房)には、
硝石・硫黄・木炭粉を混合した「黒色火薬」が最初につくられたのは、北宋(960~1127)だった。1000年に唐福という人物が「火毬」と「火槍」をつくり、第3代皇帝の真宗に献上したとの記録が残されている。
これらの資料からわかるように、火薬の起源は中国であることは否定されていないが、黒色火薬を発明したのがヨーロッパか中国かで説が分かれているようです。私にはどちらが正しいかわからないので、情報があれば教えていただけると大変助かります。
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