Vappu(ヴァップ)のルーツはどこから来たの? フィンランドの春祭りの多文化の歴史

Vappuの文化はどこから来たの? その歴史と多様な文化背景 文化・生活

 こんにちは。ズッキーです。

 Vappuヴァップというお祭りを知っていますか?

 Vappuは春を祝うフィンランド最大のお祭りの一つです。5月1日前後に白い帽子を被った学生や大人たちが公園で盛んにピクニックをして、まだ寒い春を震えながら全身で感じて、楽しむイベントです。

 このVappuというイベント、私はフィンランド独自のイベントだと思っていたのですが、調べてみると、意外とさまざまな文化からの影響を受けていることがわかりました。

 

そもそもヨーロッパのお祭りをあまり知らない

 Vappuヴァップというイベントは、私が1月からオウル大学で留学を始めて4ヶ月が経ったころ、突然やってきました。

川に飛び込むオウルの学生
Vappuのお祭りで川に飛び込むオウルのイベント

 当時は、今ほどフィンランドの情報が日本で出回っていなかったので、最初に何も知らずにこのお祭りに突入してしまいました。頭の中は「Vappuってなんだろう??」という、はてなマークでいっぱいでした。

 ネットで検索してみても、メーデーとしか書かれていません。メーデーといえば、労働者の権利を主張するために行われる労働者の祭典で、私が知りたいフィンランドのVappuの情報とは違う気がしました。私の検索の仕方がきっと悪かったのもあると思うのですが、その当時、私はそれ以上調べるのを諦めてしまいました。

 そもそも当時の私には、北欧のお祭りやフィンランドのお祭りと言われても、あまりイメージがありませんでした。留学の少し前に、日本の芸人が出場したエアーギター大会が、唯一のフィンランドの祭りのイメージでした。

 さらにいえば、ヨーロッパのお祭りについても、クリスマスやイースター、ハロウィンのイメージばかりで、他のお祭りで思いつくものがあまりありません。

OuluのAir Guitar Competition
Air Guitar Competition

 でも、このメーデーと呼ばれるお祭りも、元々はヨーロッパ全土で祝われた1超重要なイベントでした。

 

五月祭はキリスト教をも飲み込んだお祭り

 ヨーロッパのお祭りの起源はどこにあるのでしょうか。

スペインの火祭りFallasで信仰されている花でできたマリア様
スペインの火祭りFallasで信仰されている花でできたマリア様

 『ヨーロッパの祭りたち』(浜本隆志・柏木治 編著 2003)によると、意外とその多くは、キリスト教が入る以前に起源があります。キリスト教は、人々をキリスト教に改宗させるために、当時各地に存在した異教のお祭りをキリスト教風に再構築して、内部に取り込みました。逆にいえば、そうしなければ、人々を改宗できなかったのです。

 宗教というと、人々を従わせる強制力があるように思いますが、当時すでに自分たちの神様を持っていた人々を改宗するのは、並大抵のことではありません。彼らは太陽を信仰し、春の女神を信仰し、天候の神を信仰して、豊穣を祈りました。

庶民がじゃがいもを食べる様子(ゴッホ作)
庶民がじゃがいもを食べる様子(ゴッホ作)。近代ですら庶民の暮らしは厳しいことがわかる

 農民や一般の民衆にとって、一番の関心事は、今日の食事であり、明日の食糧でした。最も人間の意思とはかけ離れたところにある天候は、最も強力に明日の食べ物を左右しました。豊穣の祈りは、彼らにとって、生活と切り離すことができないほど価値のあるもので、キリスト教は、異教のものだと知りつつ、それを取り込むことにしたのです。

 メーデー改め、五月祭もその一つです。

 

五月祭のルーツについて

Jyväskyläに行く途中で撮った牧草地の風景
Jyväskyläに行く途中で撮った牧草地の風景

 五月祭は、夏の力が冬に勝ったことを祝う祭りであり、豊穣を祈る祭りでもあります。その根本には、冬の象徴である長い夜を打ち払う、太陽に対する信仰があります。太陽は、作物の出来を左右し、作物の豊穣を司る存在です。

「あれ、でも、光合成を知らない彼らが、どうして太陽の恵みで植物が育つことを認識していたんだ??」

と思う方もいるかもしれません。私も疑問に思いました。

 ですが、よくよく考えてみれば、彼らの方が身をもって、太陽の恵みを体感していたはずです。曇り空が多い年は不作になり、日陰が多い畑も不作になれば、自ずと祈りの対象が見えてきます。

 「植物が太陽で光合成をして糖分を作ることで、生長し、子孫を作ることができる」

ということなんて、知る必要がありません。太陽が植物を育てることは、知りたくもないほど知っていたのでしょう。

 しかし、太陽を信仰するなんて、極めて多神教的であり、異教的です。実際、その通りで、この五月祭は、古代のケルト人とローマ人のお祭りに由来するとされています。

 

ケルト人の五月祭

 『ヨーロッパの祭りたち』(浜本隆志・柏木治 編著 2003)によると、五月祭の起源は、ケルト人2のベルテイン(Beltane)祭に遡ります。

 古代ケルトの暦では、1年の暦は夏と冬から成っていて、そのうち、夏の始まりが5月1日とされました。この日は家畜を外に放牧する最初の日とされています。放牧が行われるこの日からハロウィーン(夏の終わりの日。10月31日)までの間の、牛や羊の息災を祈ったのが、このお祭りの起源とされています。

 ちなみに、ベルテインというのは、輝く火を意味するため、山頂で篝火を焚いて祝ったのだろうと推測されています。

 

ローマ人の五月祭

 Ancient originsというサイトによると、五月祭の起源は、古代ローマのフローラリアというお祭りにあるとされています。これは、花、植物、豊穣のローマの女神フローラを称えるものでした。

 フローラリアには、花の採集、色鮮やかな衣服の着用、踊りや演劇、運動競技、そして豊作を願う女神フローラへの生贄などが行われていたそうです。シェイクスピアの戯曲にもなった、あの有名なユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)が、この日を公式なローマの祝日としました。

イタリア・ローマの遺跡
イタリアのローマの遺跡

 また、『中世の祝祭 伝説・神話・起源』(フィリップ・ヴァルテール著 2007)によると、5月1日は先祖(maioresマーヨーレース)に捧げられた日であると書かれています。先祖マーヨーレースというと、マヨネーズのような名前で安心してしまうかもしれないですが、この日には幽霊が生者の世界に入り込んでくる日とされており、女性の幽霊を妻として迎えないように、この日の結婚は避けるべきだとされていました。

 このように、資料によって、微妙に内容が違っていることから、ローマの五月祭は、いくつかの習俗が混ざり合ったお祭りだったのかもしれません。

 

 五月祭のルーツとしては、主にこの2つが取り上げられることが多いです。ただ、実際には五月祭の基礎になるものは、各地に元々存在したのではないかと思います。

中世・近世ヨーロッパの五月祭

 では、五月祭は、どのように祝われてきたのでしょうか。

 『ベリー侯のいとも豪華なる時祷書』という本の挿絵には、ラッパを吹く楽師に先導され、花や葉でできた冠を被った貴族の女性や騎士が馬に乗って、森を進む様子が描かれています。また、ルフェーヴル・ド・サン=レミという人が書き残した15世紀のブルゴーニュの年代記には、ブルボンの庶子エクトールが最も勇敢な兵士200人を連れて、町へ五月柱メイポールを立てにいく様子が書かれています。

 五月祭に欠かせないとされるものがこの五月柱メイポールです。

メーポールの周りに集う人々
メイポールの周りに集う人々(Gemini生成)。ちょっとメイポールが大きめな気がしますが、これも面白いので採用しました。

 では、五月柱とは一体なんなのでしょうか。

 ケルト人は、メイポールを夏の始まりを表すものと考えていて、この周りを踊ることで、木の精気を呼び起こすと考えていました。これは樹霊信仰の一種で、ゲルマン人もよく似た信仰を持っていました。その証拠に、フランスのポワティエにある聖ピエール教会やドイツのフライブルクの教会には樹霊(フェイユーやグリーンマンと呼ばれる)が飾られています。

 他にはこんな話もあります。五月祭では、若者のひとりが木の葉をまとい「五月の王」となったり、娘が「五月の女王」として祭りのシンボルになっていました。五月柱は男根のシンボルとされ、それを女性である大地に立てることによって、豊かな生命を生み出すと考えられていたそうです。つまり、この日に結婚すれば、多産が約束されていました。

 

近代以降の五月祭:労働者の日「メーデー」へ

元老院広場の前でメーデーの要求をする人々
元老院広場の前でメーデーの要求をする人々(Gemini生成)。AI生成の図なので、フィンランド大聖堂がなぜか2つありますが、「それもまた良いよね!」ということで採用しました。

 産業革命以降、労働運動が高まる中で、五月祭が新たな意味を持つようになります。労働者の祭り、メーデーは労働者と労使が共に休戦して祝ったことから生まれました。1886年5月1日アメリカのシカゴにおいて発生した労働条件改善のデモ&ストライキをきっかけに、5月1日が国際的な労働者の日「メーデー」として制定されました。これが世界的にも広まっていきます。

 この動きによって、フィンランドなどの一部の地域では、季節的祝祭である五月祭とこのメーデーが同時に行われることになります。

 

フィンランドのヴァップの由来は?

 ここまで見てきた通り、五月祭Vappuヴァップは、冬を追い払い、春の訪れを祝うお祭りです。その名前の由来は、意外にも遠くドイツの伝説にあります。

 

 Vappuは、冬の長いフィンランドでは、夏至祭やクリスマスに並ぶ、最も大きなお祭りの一つです。この名前は、8世紀にドイツで列聖された聖女ヴァルブルガ(Walburga von Heidenheim)に由来します。

 聖ヴァルブルガは、聖ボニファティウス3と共に、ドイツ(当時のフランク王国)のキリスト教の布教に尽力した人物です。聖ヴァルブルガの遺骸(聖遺物)からは治癒力のある奇跡の油がにじみ出るとされ、魔術から身を守ってくれる保護者や飢餓と疫病の守護聖人として崇拝されました。

 この聖ヴァルブルガの名にちなんだ祭りがドイツにあります。

Gemini生成のブロッケン山の魔女の宴

 ドイツのブロッケン山で開かれる「ヴァルプルギスの夜(Walpurgisnacht)」です。 ブロッケン山では古くから、春の訪れを祝うために4月30日に祭りが開かれていました。この祭りが、たまたま聖ヴァルブルガの日(5月1日)の前夜にあたったことから、「ヴァルプルギスの夜」と呼ばれるようになったのです4。この祭りは、冬の象徴である魔女や悪霊を追い出し、春を迎え入れるという意味を持っていました。 

 ちなみに、現在でも、ブロッケン山では4月30日から5月1日にかけて「ヴァルプルギスの夜」が開催されています。しかし、環境保護の観点から、山の麓で行われるようになったせいで、麓の町同士で、本家争いが起きているそうです。キリスト教化した人々が、どこが魔女の土地かを争うなんて、魔女の皮肉が聞こえてきそうですね。

 

ドイツの伝説がフィンランドへ

 こうして、聖ヴァルブルガの日(5月1日)と、「冬を追い出す祭り」というヴァルプルギスの夜のイメージが結びついたのかもしれません。

 この習慣が、スウェーデンによる支配下でキリスト教化したフィンランドに伝わる過程で、名前がWalpurgis(ドイツ語)からValborg(スウェーデン語)、そしてValpuri、最終的にVappu(ヴァップ)へと変化し、現在の形に繋がったと考えられます。

 ときどきVappuヴァップを「Wappu」と表記することもありますが、これは元の「Walpurgis」の名残なのではないかと私は考えています。

 

 しかし、これだけでは現在のVappuを説明できません。Vappuは友達や家族と春を楽しむお祭りでもありますが、学生のお祭りでもあるからです。

学生のお祭りとしてのヴァップ

Vappuに集まる学生や市民たち
Vappuに集まる学生や市民たち。ピンクのマントを羽織るおしゃれな学生たちも見えます。

 Vappuの時期、フィンランドの街は白い学生帽をかぶった学生たちであふれます。彼らはつなぎを着て街を練り歩き、公園でピクニックをして春の訪れを祝います。

 このような学生文化は、スウェーデンから伝わったものです。18世紀後半から19世紀にかけて、スウェーデンのウプサラ大学の学生たちが春を祝う祭りを始め、それが後にヘルシンキ大学となるトゥルク・アカデミーに伝わりました。

 当初、学生たちは5月13日の「フローラの日」に、冬用の黒い学生帽から夏用の白い学生帽に衣替えをしていました。しかし、1920年代にこの衣替えの日が5月1日に移されます。これにより、学生たちのお祭りもヴァップに統合され、現在の活気あるイベントになったのです。

 

まとめ:様々な文化が重なり合ったVappu

 これまでの内容を振り返ると、Vappuは単なる「フィンランド独自のお祭り」ではないことが分かりました。

Vappuの4つのルーツ
  1. 五月祭としてのルーツ
    古代ケルト人やローマ人の春のお祭り。
  2. ヴァルプルギスの夜
    異教の祭りをキリスト教が取り込み、魔女退治のお祭りとして再構築。
  3. メーデーとしての側面
    労働者の権利を主張する国際的な日としての意味合い。
  4. 学生文化としての発展
    スウェーデンから伝わった学生の春の祭りが統合され、現在の活気ある形へ。

 このように、Vappuは長い歴史の中で、様々な文化や信仰、社会的な動きが重なり合って形成されたお祭りです。Vappuは、冬が長く厳しいフィンランドだからこそ、「春さいこ〜!」という嬉しさをみんなで表現するんですね。

 

 

 

参考文献

 

脚注

番号国名祝日5/1備考
1フィンランド
2スウェーデン
3ノルウェー
4エストニア
5ラトビア
6リトアニア
7ロシア春と労働の祝日
8デンマーク×
9ベラルーシロシア正教の復活祭
10ウクライナ
11モルドバロシア正教復活祭&労働者の国際連帯の日
12ルーマニア労働者の日
13ブルガリア
14ギリシャギリシャ正教復活祭&メーデー
15マケドニア労働者の日
16アルバニア
17コソボ労働者の日&セルビア正教の復活祭
18セルビア労働者の日&セルビア正教復活祭の月曜日
19モンテネグロメーデー2日間
20ボスニア・ヘルツェゴビナ労働者の日
21クロアチア労働者の日
22スロベニアメーデー+メーデーの祝日(2日)
23オーストリア
24ハンガリー
25スロバキア労働の休日
26ポーランド 
27チェコ 
28ドイツ労働者の日
29オランダ×
30ベルギー
31ルクセンブルク
32フランス
33スイス
34イタリア
35サンマリノ労働者の日
36バチカン勤労師ヨセフの日
37モナコ
38アンドラ
39スペイン
40ポルトガル労働者の日
41イギリスアーリー・メイ・バンク・ホリデー(5月第一月曜日)
42アイルランド
43アイスランド
44リヒテンシュタイン
ヨーロッパ各国において、5/1が祝日かどうかを調べた。5/1が祝日である国には○をつけた。祝日としていない場合には×をつけた。イギリスに関しては、年によっては祝日になるため、△とした。
  1. 5月1日を祝日としている国について
     現在、五月祭が行われている国を調べるために、『世界の国々と祝日』(本村凌ニ監修 2016 理論社)という本を調べました。5月1日は、ヨーロッパ44カ国のうち、デンマーク、オランダ、イギリスを除く41カ国で祝日となっています。これらの国は、メーデーとは異なる方法で労働者の権利を確保している場合が多く、5月1日を祝日としていません。 ↩︎
  2. ケルト人
     ケルト人は、かつて西ヨーロッパに広く居住した民族の一つで、現在のイギリスのウェールズ、スコットランド、アイルランドやフランスのブルターニュ地方の文化に影響を与えた人々。 ↩︎
  3. クレディトンのボニファティウス
     小ピピンと協力して、西ドイツのキリスト教化に尽力した人物。イギリスから男女関係なく、布教のための人材を呼び寄せました。『新版 聖人事典』(ドナルド・アットウォーター&キャサリン・レイチェル・ジョン著 2021)には「マインツに自分の司教管区を設立した。自分の仕事を助けてもらうために、彼は男女を問わず他のイギリス人の宣教師を募った。その中には、聖ルル、聖ウィリブロード、聖ヴァルブルガ、また聖リオバなどがいる。」とあります。 ↩︎
  4. ヴァルプルギスの夜
     このお祭りと聖ヴァルブルガには直接の関係はないのですが、これはヴァルプルギスの日とされる5月1日とこのお祭りの日がたまたま重なったことで、この名がつきました。夜というのは、ドイツの古い用法で「前夜」を意味し、ヴァルプルギスの夜は4月30日の夜を意味します。 ↩︎

コメント