こんにちは。ズッキーです。
昔、フィンランドで夏を過ごしたときに、蚊(英:mosquito、芬:hyttynen)に刺されて、とても痛かったことにびっくりしました。日本の蚊でそれほど痛いというイメージがなかったので、なぜ、フィンランドの蚊が痛いのか、調べてみることにしました。
↓フィンランドの蚊から逃げ回った話
↓フィンランドの蚊に刺されて痛かった話
プロローグ:痛くない日本の蚊は異常なのか?
この記事を書くにあたって、蚊について、ウンウン考えていたのですが、そもそも「なぜフィンランドの蚊に刺されると痛いのか?」という問い自体がおかしいのではないか、ということに気がつきました。
今まで、日本の蚊に刺されても痛くないから、気が付かなかったのですが、皮膚を刺されて痛いのって普通に考えて、当たり前ではないですか??
むしろ、刺されて痛くない方が圧倒的に異常です。日本の蚊は忍びの訓練でも受けているのか、全然痛くありません。あれはNinja mosquitoです。
つまり、おかしいのは日本の蚊の方です。

ということは、日本の蚊に刺されても痛くない理由を調べれば、自ずと、フィンランドの蚊に刺されると痛い理由が導けるはずです。その痛くない原因がないから、フィンランドの蚊に刺されると、痛いのです。
問題は「蚊に刺されても痛くない理由」を探る科学者はいても、刺すときに痛い蚊が当たり前に存在する場所で「蚊に刺されると痛い」理由を探る科学者はあまりいないのではないかということです。ですが、まあ、できるところまで、探ってみましょう。「針で皮膚を刺されたら、痛いんだよ! 不思議だよね!!」と前のめりに考えてくれる科学者がいることを祈りましょう。
痛みと痒みの違いについて
念のため、先ほどから話している「痛み」は「痒み」とは違うよ、という話をしておきます。日本の蚊では、刺される瞬間に痛みを感じることはあまりない(北海道の蚊はたま〜に痛い)ので、もしかしたら、「なんの話だろう? 痒みのことかな?」と思った方もいるかもしれません。

フィンランドの蚊は、刺される瞬間にイガイガ、チクチクした痛みを感じます。めちゃくちゃ嫌な痛みです。刺されると、オニアザミの葉を触ってしまったときにも似た、ザワザワとした違和感を感じます(触ったことあります??笑)。私と一緒の時期に留学していた日本人学生も「フィンランドの蚊は痛い」を言っていたので、フィンランドの蚊に刺されると「痛い」と感じるのはまず間違いないと思います。ちなみに、私の知る限り、アラスカの蚊も、同じ痛みを感じました。
専門書(池庄司 1993)では、この痛みのことを刺咬痛と表現していて、例えば、ヤブカ属のネッタイシマカAedes aegypti に刺されると強烈な刺咬痛があると書かれています。
そして、これは「痒み」とは異なります。痒みについては、皆さんご存知の通り、刺されてから少し経ってから感じるものです。痒みは、蚊に刺されて異物が体内に入ることで、人間の身体がヒスタミンなどの化学物質を放出し、神経を刺激することによって引き起こされる、免疫反応の一種です。
また、痛みが長く続く場合や、大きく腫れる場合も、この免疫反応の一種です。日本の蚊と異なる成分が体に入るせいで起きる反応です。これも私が言っている刺咬痛とは少し違います。私も肩を刺されたとき、しばらくの間、肩が熱くなって、痛痒かったです。人によっては4〜5cmくらい腫れるということもあります。私が知っている限り、これはフィンランドだけでなく、ヨーロッパに住む日本人の間では時々ある話のようです。
なので、私の言っている痛みは「刺された瞬間に感じる痛み」ということを頭に置いていただいて、話を進めます。
日本の蚊が刺しても痛くないのはなぜ?

日本の蚊に刺されても痛くない主な理由は2つあります。
- 針の細さが極細で痛点を刺激せずに刺すことができるから
- 蚊が血液中に分泌する唾液に痛みを和らげる成分が含まれているから
このことさえわかれば、本題にはすぐ進めるのですが、「そもそも蚊はなんで血を吸うの?」とか「そもそも蚊ってどうやって、血を吸っているの?」と疑問に思う方もいらっしゃると思います。念のため、蚊の吸血の仕組みも詳しくみていきましょう。
蚊はなぜ血を吸うか?
蚊はなぜ血液を吸うのか。

結論から言うと、産卵のために必要な栄養を補うためです。血液は水分を除き、その95%はタンパク質、5%は脂質です。メスの蚊はこの高タンパク質なエサを分解して、アミノ酸を作ります。このアミノ酸を元に卵を生育させます。血液はあくまでも卵の栄養源であるため、オスは吸血をしません。人と熾烈なバトルをしているのはメスだけなのです。男女平等どころではない、過酷な世界ですね。
では、オスは何で栄養を得ているのか。それは、植物などの樹液や花の蜜などの糖分です。メスも普段は植物の樹液や花の蜜で生活しています。しかし、卵を作るためには、大きなコストがかかります。そこで、栄養が豊富な血液を求めて、吸血を行うのです。
ただし、蚊の仲間でも、吸血を行わない種もいます。また、吸血をした方が子孫を残すためには良いけれど、必ずしも吸血をしなくても大丈夫な種もいます。
- 普段は植物などの樹液や花の蜜で生活
- メスのみ産卵に必要な栄養を得るため吸血
- 蚊の中には、吸血を全くしない種や、吸血はするけど吸血が必要ではない種もいる
蚊はどうやって血を吸うのか?
蚊はどうやって血を吸うのか?
その疑問に答えるために、まず蚊の口の構造を説明します。

蚊は上唇、一対の大顎、上咽頭、一対の小顎という6つの部位を伸長させることで口針を構成しています。下唇も伸長し、口針鞘となって、口針を収納しています。これが蚊の口吻を構成しています。
これを使って、蚊は獲物を刺すわけですが、具体的にどのように標的を探し、標的の血液を吸っているのでしょうか?
ここでは、蚊の吸血の仕組みをご紹介します。
1. 標的の探索

動物から発せられる二酸化炭素(遠距離)→ニオイ(中距離)→熱(短距離)を感知して、標的を探索します。
2. 口針の刺入

吸血するときは長さ1〜2mmの口針の半分ほどを標的の皮膚に刺し入れます。小顎の先端外縁にノコギリのような歯を10〜20個持っていて、毎秒6〜7回もの速さで頭を上下させて、皮膚を切り裂き、口針を挿入します。ちなみにオスはこの歯を持っていません。
3. 血管の探索
口針の先端1/5は柔軟で、血管を探索するときに前後左右に曲げることができます。口針の上唇の先端にある感覚器で、ATPを感知して血液を探り当てると考えられています。蚊の吸血には血管から直接血を吸う抹消血管吸血と、傷ついた血管から漏れ出た血液を吸う鬱血吸血があり、ウサギの耳を使った実験では、7:3の割合でこれらの吸血が起きているようです。
4. 唾液の注入
口吻の下咽頭の先端にある唾液管の口から唾液を注入します。唾液には、トリプシン・キモトリプシン阻害剤、リパーゼ、ガレクチン、アピラーゼなどの成分が含まれており、血液の凝固を防いだり、刺激を無効化する効果を持っています。身体の中に唾を入れられて、痒くなるって考えると、めちゃくちゃ嫌ですね!
5. 吸血

口腔ポンプで吸い上げた血液を口腔ポンプ内に溜め、咽頭ポンプで引き上げ勢いよく中腸に送り込みます。約1mg/1分の速度で取り込めるので、満腹(2mg)になるには2分あればよい計算です。ちなみに、口吻の上唇の先端に感覚器があり、ATPが多く含まれる血液は中腸に、糖分が多い樹液や花の蜜などは嗉嚢に運ばれます。
口針の引き抜き
小顎の歯を内側に向けて引っかからないようにして、引き抜きます。
痛くない蚊の口針の仕組みから浮かび上がる仮説
ここまで蚊の吸血の仕組みについて詳しく説明しました。
最初にも説明した通り、蚊に刺されても痛くない理由は、「蚊の口針が痛点を刺激しないくらい細い」ことと、「蚊の唾液が痛みを抑える」ことです。逆に言えば、「蚊の口針が痛点を刺激する」あるいは「蚊の唾液に痛みを抑える成分がない」場合には、痛みを感じるということになります。
そこで、私なりにフィンランドの蚊に刺されると痛い理由を考えてみました。まとめると、下の5つの理由が考えられます。
【(仮説)フィンランドの蚊に刺されると痛い理由】
- 日本で一般的な蚊より針が大きいため
- 日本で一般的な蚊と唾液の成分が異なるため
- 日本で一般的な蚊より刺すのが下手だから
- フィンランドの蚊の方が個体数が多い分、痛点を刺激する割合も高いから
- フィンランドの蚊の唾液が、より強いアレルギー反応を引き起こすため
そもそもフィンランドと日本の蚊の種類は違うのでしょうか? 私が知る限り、フィンランドの蚊と日本の蚊を比較した情報はネット上にはありません。
フィンランドと日本の蚊の種類
世界には、約3600種類1、日本には約100種類の蚊が生息すると言われています。
一方、フィンランドに生息する蚊の種類は全部で44種。比較的温暖な日本と比べると、蚊の種類はかなり少ないことがわかります。もちろん、44種の蚊すべてが吸血を行うわけではありません。
フィンランドと日本にいる蚊について、その主要な種の分布を表にしました。日本の蚊の分布については、津田(2013)に掲載されていた表を参考にしています。
| 属名 | 種名 | 横 | 東 | 千 | 茨 | サ | 網 | 釧 | 芬 |
| ヤブカ属 | Aedes geminus | ○ | |||||||
| ヤブカ属 | Aedes cinereus | ○ | |||||||
| ハボシカ属 | Culiseta alaskaensis | ○ | |||||||
| ハボシカ属 | Culiseta morsitans | ○ | |||||||
| ハボシカ属 | Culiseta bergrothi | ○ | |||||||
| セスジヤブカ亜属 | トカチヤブカ Ochlerotatus communis | ◎ | |||||||
| セスジヤブカ亜属 | Ochlerotatus pionips | ○ | |||||||
| セスジヤブカ亜属 | Ochlerotatus pullatus | ○ | |||||||
| セスジヤブカ亜属 | Ochlerotatus diantaeus | ○ | |||||||
| セスジヤブカ亜属 | Ochlerotatus intrudens | ○ | |||||||
| イエカ属 | Culex torrentium | ○ | |||||||
| ハボシカ属 | ミスジハボシカ Theobaldia kanayamensis | ○ | |||||||
| ヤブカ属 | キタヤブカ/チシマヤブカ Aedes hexodontus / punctor | ○ | ○ | ◎ | |||||
| ヤブカ属 | エゾヤブカ Aedes esoensis | ○ | ○ | ○ | |||||
| ヤブカ属 | アカエゾヤブカ Aedes yamadai | ○ | ○ | ○ | |||||
| ヤブカ属 | アカンヤブカ Aedes excrucians | ○ | ○ | ○ | |||||
| ヤブカ属 | ミスジシマカ Aedes galloisi | ○ | ○ | ○ | |||||
| ハボシカ属 | ヤマトハボシカ Culiseta nipponica | ○ | ○ | ||||||
| セスジヤブカ亜属 | セスジヤブカ Ochlerotatus dorsalis | ○ | |||||||
| ヤブカ属 | キンイロヤブカ Aedes vexans | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
| ヤブカ属 | ヤマトヤブカ Aedes japonicus | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |||
| ハマダラカ属 | シナハマダラカ Anopheles sinensis | ○ | ○ | ○ | |||||
| イエカ属 | ハマダライエカ Culex orientalis | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||
| ヤブカ属 | シロカタヤブカ Aedes nipponicus | ○ | ○ | ||||||
| ヤブカ属 | ヤマダシマカ Aedes flavopictus | ○ | ○ | ||||||
| イエカ属 | イナトミシオカ Culex inatomii | ○ | ○ | ||||||
| イエカ属 | アカイエカ群 Culex pipiens | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
| ヤブカ属 | ヒトスジシマカ Aedes albopictus | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||
| イエカ属 | カラツイエカ Culex bitaeniorhynchus | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||
| イエカ属 | コガタアカイエカ Culex tritaeniorhynchus | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||
| クロヤブカ属 | オオクロヤブカ Armigeres subalbatus | ○ | ○ | ○ | |||||
| チビカ属 | フタクロホシチビカ Uranotaenia bimaculatus | ○ | |||||||
| ヌマカ属 | キンイロヌマカ Mansonia ochracea | ○ | ○ | ||||||
| イエカ属 | キョウトクシヒゲカ Culex kyotoensis | ○ | |||||||
| ナガスネカ属 | ハマダラナガスネカ Orthopodomyia anopheloides | ○ | |||||||
| ナガハシカ属 | キンパラナガハシカ Tripteroides bambusa | ○ | ○ | ○ | |||||
| イエカ属 | トラフカクイカ Culex vorax | ○ | ○ | ||||||
| イエカ属 | ヤマトクシヒゲカ Culex pallidothorax | ○ | ○ | ||||||
| イエカ属 | アシマダラヌマカ Mansonia uniformis | ○ |
この表を見るとわかるように、日本の中でも関東と北海道では分布する蚊の種類が異なりますが、その一方で、共通する種も分布しています。また、フィンランドについても、一部の種は日本にも分布しているものと共通していることがわかります。

あるフィンランドのサイトでは、フィンランドで吸血する蚊として代表的な種は、次の3種としています。
- トカチヤブカ Ochlerotatus communis (Aedes communis) 北海道生息
- チシマヤブカ Aedes punctor 北海道生息
- ヤブカの一種 Ochlerotatus pionips (Aedes pionips) 日本確認無し
面白いことに、ここに挙げられている種は全てヤブカ属の仲間でした。このほか、イエカ属の仲間も吸血する種で、フィンランド南部に多く分布しています。
- アカイエカ Culex pipiens 日本全国生息
- イエカの一種 Culex torrentium 日本確認無し
Culverwell et al. 2021によると、これらの中でもトカチヤブカ Ochlerotatus communis (Aedes communis) はとても攻撃的な種として知られているようです。
また、同じくCulverwell et al. 2021によると、世代数で見ると、アカイエカ Culex pipiens やCulex torrentium は少なくとも年間2世代、トカチヤブカ Ochlerotatus communis (Aedes communis) とチシマヤブカ Aedes punctor は夏の間継続的に幼虫が観察されていることから、年間最大3世代繁殖していることが示唆されています。
これらのことをまとめると、フィンランドでそれなりに個体数が多く、人を刺す蚊として代表的なものは、次の5種と考えられます。
- *トカチヤブカ Ochlerotatus communis (Aedes communis) 北海道生息
- チシマヤブカ Aedes punctor 北海道生息
- ヤブカの一種 Ochlerotatus pionips (Aedes pionips) 日本確認なし
- アカイエカ Culex pipiens 日本全国生息
- イエカの一種 Culex torrentium 日本確認なし
*特に攻撃的とされる種
私個人の意見としては、アカイエカCulex pipiensは日本でも広く見られるグループで、私は本州では蚊に刺されて痛み(刺咬痛)を感じたことはないので、この種は刺されても、比較的痛みを感じにくいのではないかと考えています。Culex torrentiumは欧州によく分布する種ですが、このアカイエカに形態がよく似ていて、種同定が難しいことが書かれていることから、痛みもあまり感じられないのではないかと予想できます。
一方、ヤブカは怪しいと思います。例えば、池庄司1993によると、ヤブカ属の仲間である、ネッタイシマカAedes aegypti に刺されると、強い刺咬痛を感じることがあることが報告されています。ただし、同じヤブカ属の仲間でも、日本に生息するヒトスジシマカAedes albopictus では、痛みを感じることはほとんどありません。このことから、ヤブカ属のすべての種ではないにしても、一部の種では、刺咬痛を強く感じる可能性があることがわかります。もしこの考えが正しいとすれば、私自身が、北海道の蚊に刺されて、時々痛みを感じていたのも、北海道にヤブカ属が多いことが原因だと考えると、説得力が増します。
また、私がフィンランドで刺されたのは、白夜の日光がさんさんと照る時間だったので、夜行性のアカイエカではなく、昼行性のヤブカに刺された可能性が高いのではないかと思います。そして、これを根拠とすれば、痛みを感じさせる蚊の種類もヤブカである可能性が高まります。
これらのことから、ヤブカが痛みを感じさせる蚊だと私は予想しています。
痛みを感じさせることは蚊にとってリスクではないのか?
ちょっとだけ、私が気になったことを補足します。
気になったことというのは、「痛みを感じさせる蚊」と「痛みを感じさせない蚊」の違いはなんだろう、ということです。
というのも、刺咬痛を感じさせない蚊と比べた場合、「蚊に刺された側が痛みを感じることは、蚊が叩かれるリスクを上げてしまうのではないか」という疑問が浮かんできます。被吸血者側が痛みを感じて、蚊が叩かれて死ぬ可能性が上がるとすれば、これは蚊にとって明らかなリスクです。
ということは、刺咬痛を感じさせてしまう蚊には、被吸血者側が痛みを感じたところで、問題ない仕組みを持っているのではないかと考えました。
私が目をつけたのは、産卵のために吸血を必ずしもしなくても良いグループです。つまり、吸血をしなければ産卵ができない蚊のグループでは、刺咬痛を感じさせることはリスクになります。しかし、吸血をしてもしなくてもいい蚊のグループでは、吸血時に刺咬痛を感じさせることでリスクは上がったとしても、子孫を残せないという事態にはなりません。
そこで、フィンランドの主要な5種の蚊について、吸血が必要かどうか(無血産卵性)を調べてみたものを表にまとめました。ついでに、群飛するかも調べています。
| 種名 | 群飛 | 無血産卵性 |
| トカチヤブカ Ochlerotatus communis | 夜・高度1.5m | △ |
| チシマヤブカ Aedes punctor | 高度2.0m | △ |
| ヤブカの一種 Ochlerotatus pionips | 不明 | △ |
| アカイエカ Culex pipiens | 夜・高度1.5m | △ |
| イエカの一種 Culex torrentium | 不明 | 不明 |
私の予想としては、イエカの仲間は無血産卵を全くしないと考えていたのですが、どうもイエカもヤブカも無血産卵をするようです。また、群飛をする蚊は叩かれるリスクが分散されるので、刺す時に痛くても大丈夫なのではないかとも考えたのですが、それも関係なさそうに見えます。難しいですね!
仮説の検証:フィンランドの蚊に刺された時に痛みを感じる理由
それでは、ここからは仮説を一つ一つ詳しく見て、情報を精査し、仮説を検証しましょう。先ほど挙げた仮説をもう一度掲載しておきます。
【(仮説)フィンランドの蚊に刺されると痛い理由】
- 日本で一般的な蚊より針が大きいため
- 日本で一般的な蚊と唾液の成分が異なるため
- 日本で一般的な蚊より刺すのが下手だから
- フィンランドの蚊の方が個体数が多い分、痛点を刺激する割合も高いから
- フィンランドの蚊の唾液が、より強いアレルギー反応を引き起こすため
仮説1:日本で一般的な蚊より針が大きいため

口針が大きいと、痛みを感じやすいという根拠は、
- 長い針をより深く刺入することで、痛覚を刺激する可能性
- 針が太いことで、痛覚に接触しやすくなる可能性
が考えられます。
私自身の経験的には、フィンランドの蚊は日本の本州の蚊より体サイズが大きいです。これに関して、直接計測したわけではないので、客観的な証拠はありません。
日本の蚊の体サイズに関しては、下の表を参考のために載せておきます。フィンランドの主要な蚊(Aedes communis、A. punctor、A. pionips)に関する具体的な体サイズデータは見つけられませんでした。
| 属名 | 種名 | 体長 |
| ヤブカ属 | ヒトスジシマカ Aedes albopictus | 4.5mm |
| イエカ属 | アカイエカ Culex pipiens | 5.5mm |
| イエカ属 | コガタアカイエカ Culex tritaeniorhynchus | 4.5mm |
| ヤブカ属 | ヤマトヤブカ Aedes japonicus | 6.0mm |
| クロヤブカ属 | オオクロヤブカ Armigeres subalbatus | 7.5mm |
| ハマダラカ属 | シナハマダラカ Anopheles sinensis | 5.5mm |
また、蚊の体サイズが大きいほど、口針のサイズは大きい可能性は高いですが、異なる種間では当てはまらない可能性もあるため、一概に「体サイズが大きい種が大きい針(口吻)を持つ」とも言い切れません。ただし、一部の蚊の種類に関しては口針(口吻)の長さに関するデータを見つけたので、下の表に掲載します。
| 属名 | 種名 | 口吻長 |
| ヤブカ属 | ヒトスジシマカ Aedes albopictus | 1.88mm |
| イエカ属 | アカイエカ Culex pipiens | 1.6〜1.8mm |
| ヤブカ属 | チシマヤブカ Aedes punctor | 3.25mm |
| ヤブカ属 | Aedes cinereus | 2.05mm |
この表で興味深いのは、日本に生息するヒトスジシマカとアカイエカに比べて、フィンランドなどの北方に生息すると考えられるチシマヤブカやA. cinereusの吻の長さが大きいことです。このことから、本当にこれが原因かはわかりませんが、フィンランドに生息するヤブカ属に刺されると痛い理由が吻の大きさに起因しているという可能性は高まったのではないかと思います。
仮説2:日本で一般的な蚊と唾液の成分が異なるため
日本で一般的な蚊とフィンランドの蚊で唾液の成分が異なる場合、痛みを抑える成分がないことが原因で痛みを感じる可能性が考えられます。

実際、蚊の種類によって、唾液の成分が異なることが複数の論文で示されています。
例えば、Guo et al. 2025によると、ネッタイシマカ Aedes aegypti の唾液には、血管拡張作用を持つシアロキニンなどの成分が含まれており、これにより血流を促進させることが知られています。一方で、ハマダラカの一種 Anopheles gambiae の唾液は、血管拡張物質を産生しない代わりに、AngaD7L1、AngaD7L3というタンパク質で、血管収縮物質を中和・分解させることで同様の効果を得ます。
また、蚊の虫刺されの痒みや腫れの原因となるタンパク質を調べた研究(Brummer-Korvenkontio et al. 1997)では、フィンランドの代表的な吸血蚊であるトカチヤブカ Aedes communis の唾液からは、22-、30-、36-kDというタンパク質が見つかった一方で、ネッタイシマカ A. aegypti の唾液からは31-、36-、46-、64-〜66-kDというタンパク質が同定されており、その構成成分が異なることが示されています。
このように、蚊の種類によって、唾液の構成成分は異なることは間違いなく事実です。
しかし、フィンランドの代表的な種である、トカチヤブカ Ochlerotatus communis (Aedes communis)、チシマヤブカ Aedes punctor、Ochlerotatus pionips (Aedes pionips)に関して、シアロルフィンやアデノシンデアミナーゼ(ADA)といった痛みを抑える成分が含まれているか否かについて調べた研究は見つかりませんでした。
そのため、明確に痛みを抑える成分が少ないかはわかりません。ここで言えることは、これらのヤブカの仲間では唾液の成分が異なる可能性があり、痛みを抑える機能が弱いことも考えられるということです。
仮説3:日本で一般的な蚊より刺すのが下手だから

嘉糠2016には、このような記述があります。
ネッタイシマカの諸君はなかなか上手です。個体によってはときどきちくっとしますが、割とスムーズに針を刺し終えて、血の吸い上げ体勢に入ります。一方、マラリアを媒介するハマダラカの仲間であるステフェンシハマダラカたちは、お説教をしたくなるくらい下手です。
『なぜ蚊は人を襲うのか』嘉糠洋陸 2016 岩波書店
嘉糠さんは蚊の研究者です。その蚊の専門家が、上手と言ったり、下手と言ったりするのですから、蚊の種類によって、刺すのに上手・下手が存在するのは間違いないと思います。
これをフィンランドの蚊に当てはめてみると、人だらけの日本と異なり、森と湖だらけのフィンランドでは、人から血を吸う機会が少ない分、血を吸うのが下手な可能性はあります。
仮説4:個体数が多い分、痛点を刺激する割合も高いから

先ほどの嘉糠さんの記述の中に、個体によってはチクっとすると書かれています。つまり、一度に刺してくる個体の数が多ければ、チクッとする回数も増えると考えられます。私もフィンランドで体験したことですが、北極圏では蚊が雲のような大群となって、蚊柱というものを形成します。
なぜ、蚊柱ができるかについては嘉糠さんが説明しているので、引用します。
仕組みは簡単で、寒冷地では蚊の生育に適した夏の時期が短いので、それに合わせて一斉に蚊が出現するというものです。その際に個体数が桁違いになるのは、大量発生するサバクトビバッタや17年ゼミなどを考えれば理解できます。その限られた時期に、結婚相手を探し、可能な限り子どもを残すという、種としての責務を果たそうとします。蚊の場合、これは”可能な限り血を吸い尽くす”ことを意味します。
『なぜ蚊は人を襲うのか』嘉糠洋陸 2016 岩波書店
つまり、夏が短い地域では、少ない期間で効率的に繁殖を行うために、蚊が一斉に現れるということですね。そのおかげで、私も蚊に刺されまくって苦しむことになりました。
蚊に刺されるたびに、「この蚊は痛かった」「この蚊は痛くなかった」を判別しているわけではないので、その種のすべての個体が痛いのか、それとも一部の個体だけ痛いのかはわかりませんが、一度に襲ってくる蚊の量が多いことが、痛みを感じやすい原因となっているということは大いに考えられそうです。
ちなみに、嘉糠さんによると、アラスカでは10万匹規模の蚊柱が形成されることがあるそうです。1匹の蚊が2mgの血液を吸血することから、単純に半分がメスだとすると、
2mg × 50,000匹 = 100,000 mg = 100g
となり、500mLペットボトルの5分の1の量が一度に吸われる計算となります。実際、生まれてすぐのカリブーは蚊に血を吸われて死ぬことがあるそうです。めちゃくちゃ恐ろしいですね。面白いのは、非公式記録ですが、手でピシャリと叩いて、一度に殺した蚊の数は78匹という話もあり、寒冷地の蚊の凄まじさがわかります。
寒冷地の蚊はマジでヤバイっす。
話は逸れましたが、ここまで大きな蚊の大群でなくとも、襲ってくる蚊の数が多いとそれだけ痛みを感じる可能性が高くなるというのは十分考えられる話だというのが、ここでの結論です。
仮説5:フィンランドの蚊の唾液が、より強いアレルギー反応を引き起こすため
蚊の唾液成分が種類によって異なることは、既に仮説2で述べた通りです。この異なる成分に対して、人間の身体が日本の蚊とは異なる、より強い即時型のアレルギー反応を起こし、それが「痛み」として感じられる可能性も考えられます。特にネッタイシマカの刺咬痛のような強い痛みということは、アレルギー反応の強さに引き起こされているとも考えられます。同様に、フィンランドの蚊に関しても日本人に即時性の強いアレルギー反応が出ていることも考えられます。
結論
フィンランドの蚊に刺されると痛い理由は調べてもわかりませんでした。原因として、この5つの理由を考えましたが、ここからさらに絞ることはできませんでした。
【(仮説)フィンランドの蚊に刺されると痛い理由】
- 日本で一般的な蚊より針が大きいため
- 日本で一般的な蚊と唾液の成分が異なるため
- 日本で一般的な蚊より刺すのが下手だから
- フィンランドの蚊の方が個体数が多い分、痛点を刺激する割合も高いから
- フィンランドの蚊の唾液が、より強いアレルギー反応を引き起こすため
ただし、ヤブカ属のチシマヤブカなどの存在、そしてその口吻の長さのデータは、『針の大きさ』という仮説をかなり有力にしていると考えられます。また、蚊の唾液成分が種によって異なることは明らかであり、フィンランドの蚊が痛みを和らげる成分をあまり持たない可能性も大いに考えられます。実際には、一つの要因に絞れるものではなく、これら複数の要因が複合的に絡み合って、フィンランドの蚊の『痛み』を引き起こしているのかもしれません。
というわけで、どなたか蚊に詳しい方、助けてください!!
↓フィンランドの蚊から逃げ回った話
↓フィンランドの蚊に刺されて痛かった話
参考文献
- 『なぜ蚊は人を襲うのか』嘉糠洋陸 2016 岩波書店
- 『蚊』池庄司敏明 1993 東京大学出版会
- 『蚊の観察と生態調査』津田良夫 2013 北隆館
- Culverwell, C. L., Uusitalo, R. J., Korhonen, E. M., Vapalahti, O. P., Huhtamo, E., & Harbach, R. E. (2021). The mosquitoes of Finland: updated distributions and bionomics. Medical and veterinary Entomology, 35(1), 1-29.
- 『蚊ってこんな生き物だった!?』SHARP公式HP(https://jp.sharp/kuusei/trivia/)2025.7.14アクセス
- 『蚊の生態』三共リメイクHP(https://www.sankyoremake.com/ka_control_s.html)2025.7.14アクセス
- Gutsevich, A. V. (1974). The Determination of Mosquito Females by Microscopic Preparations of the HeadA. Mosquito Systematics, 6(4), 243.
- Polse, N. N., Faraj, A. M., & Mawlood, N. A. (2021). Description of Common House Mosquito, Culex Pipiens Linnaeus, 1758 (Diptera: Culicidae) From Erbil Governorate, Kurdistan Region–Iraq. Int. J. of Aquatic Science, 12(2), 5147-5153.
- 『Aedes albopictus』Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Aedes_albopictus#cite_note-ReferenceA-17)2025.7.14アクセス
- Guo, J., He, X., Tao, J., Sun, H., & Yang, J. (2025). Unraveling the molecular mechanisms of mosquito salivary proteins: new frontiers in disease transmission and control. Biomolecules, 15(1), 82.
- Brummer-Korvenkontio, H., Palosuo, T., François, G., & Reunala, T. (1997). Characterization of Aedes communis, Aedes aegypti and Anopheles stephensi mosquito saliva antigens by immunoblotting. International Archives of Allergy and Immunology, 112(2), 169-174.
- 『蚊やマウスの唾液の鎮痛効果のメカニズムの発見』大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所 (https://www.nips.ac.jp/release/2021/05/post_440.html)2025.7.14アクセス
- Kong, X. Q., & Wu, C. W. (2010). Mosquito proboscis: An elegant biomicroelectromechanical system. Physical Review E—Statistical, Nonlinear, and Soft Matter Physics, 82(1), 011910.
- 『蚊の見事な能力1(口器)』文ちゃんのタイニー・カフェテラス(https://www.technex.co.jp/tinycafe/discovery33.html) 2025.7.15アクセス
脚注
- 1990年時点では世界の蚊の種類は3146種と書いてあるので、相当増えています。種数が単純に増えたというより、同定技術の発達で発見された蚊の種類が増えたことが大きいのではないかと思います。 ↩︎





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