こんにちは。ズッキーです。
2025年6月に、アムステルダム国立美術館(Rijksmuseum)へ行ってきました。そこで3点のフェルメールの作品を見てきたので、自分なりに解説してみました。
本当は4作品あるはずなのですが、『恋文』という作品が海外の美術館に貸し出されていました。
悲しい。。°(°´ᯅ`°)°。
妻は「『恋文』は、日本の展覧会で見たから許す」と言っていました。なので、私も今回は許して差し上げます。( •´ω•` )ﻭ
フェルメールって?

フェルメール(Johannes Vermeer, ca. 1632-1675)は、オランダのデルフト生まれ。43歳で同じくデルフトで亡くなります。お墓は今もこの地にあります。亡くなったとき、フェルメールは絵が売れず、借金まみれだったので、売却するための財産目録が残されています。そのおかげで、一部の絵の記録が残っています。
遺された絵は、借金のかたで売られてしまい、各地に散逸したそう。ちなみに、このときの管財人は、レーウェンフック(微生物を初めて観察した人)でした。
これより先、フェルメールの絵は歴史の影に隠れ、200年後に「再発見」された、などと逸話的に言われています。
さて、フェルメール作品は現在、全部で37作品あるとされていて(諸説あり)、オランダ国内には、7点。4点がアムステルダム国立美術館、3点がデン・ハーグのマウリッツハイス美術館に所蔵されています。
それでは見ていきましょう。
①『牛乳を注ぐ女』26〜28歳頃の作品

毎回思うのですが、絵のタイトル、なんで「女」なんですかね。「女性」だとやっぱり何か違うのでしょうか??
うん、どうでもいいですね。
まず、額縁が渋い。シンプルでありながら、二重構造の木の質感が絵の柔らかさを引き立てています(ヨーロッパの美術館で、額縁を見るのが密かな楽しみ)。
絵のサイズは意外と小さめ。
そこに描かれているのは、タイトル通り牛乳を注ぐ女性です。
左手の窓から差し込む光。17世紀、日本でビードロが制作され始めた頃に、オランダでは日常にガラス窓があったわけです。
彼女が使うのは、当時、超高級だった磁器ではなく、どっしりとした塩釉か鉛釉の陶器のジャグ。両手で支えていることから、それなりの重さ。こうした重い陶器が、イオンやニトリがない時代を支えていたのでしょう。
牛乳がよじれながら、流れる様子が丁寧に描かれています。

左にある青いジャグも陶器製1。この青いジャグには、ビールが入っていたそうです。当時、ビールは雑菌の多い水の代わりに安全な飲み物として、飲まれていました。
手前のパンは古くなったもの。パンに入れられた細かい点々で光を表現しています。そして、牛乳を注いでいる器は、当時、鍋として使われていたものです。牛乳を使って、カチカチになったパンを煮て、柔らかくして食べる準備をしているようです。
フィンランドでもこうした硬いパンを食べることがあります。そのパンの場合は、わざと乾燥させて、保存性を高める代わりに、食べやすさが犠牲になっているタイプのパンですね。そのまま齧ると歯が折れるやつです。
次に、テーブルを見てください。壁の線に対して、台形に見えます。フェルメールは絵の見栄えを良くするために、ものや配置をわざと歪ませるということをよく行なっていました。
そして、色。女性のエプロンの青色がとても鮮やかです。フェルメール・ブルーなどと呼ばれるこの色は、ラピスラズリを砕いて作った絵の具の色です。

余談ですが、妻がフェルメールが好きすぎて、最近ラピスラズリの石を買いました(最近、日本の糸魚川でも発見されましたね! ▶︎参考記事)。
②『手紙を読む青衣の女(青衣の女)』31〜32歳頃の作品

全体的に暗いな、という印象です。
人工的な明かりに頼らないと、こういうものなのでしょうか。
日が直接入らない時間。額縁の装飾が映えるほどの、朝のような静謐さ。でも、朝一番で手紙を読むかなあ、とか考えると昼間なのかもしれません。
青、黄、白で全体を描くシンプルさが素敵です。
後ろに描かれているのはオランダの地図だそうです。
手紙を読む女性は、妊婦のようにも見えますが、こういう服が当時流行っていたという話もあるそうです。

手紙を読む顔は真剣です。当時のオランダでは、ルターやカルヴァンの宗教改革の影響で、聖書を読むために識字率がとても高かったようです。そして、識字率が上がったからこそ、絵の題材として流行りました。
これまた、江戸時代の町人みたいで、面白いです。識字率が世界で圧倒的に高かったと言われる江戸の人々。市民文化が花開くには、識字率が大事なのかもしれないですね。
ところで、私は、この女性の頬が墨汁を垂らしたみたいに黒いのが気になります。影というには、黒すぎる気がしていて。どう思いますか?
③『小路』25〜26歳頃の作品
フェルメールの2作品しかない風景画の1つです。

建物に目をやると、右の建物だけ左側の建物たちと比較して、形が違います。お城のような出立ちです。
この建物、どうやら周りの建物より古いようなのです。フェルメールの街デルフトは、オランダ総督オラニエ公の独立戦争の拠点となったり、火薬庫の大爆発(1654年)が起きたりしたせいで、町の建物の多くが新しく建て直されていました。当時のデルフトの人は、この古い家に、一種のノスタルジーを抱いたのかもしれません。
ここまで、建物の話をしました。でも、この絵、ただの風景画でしょうか。
よく見ると、当時の生活が垣間見えます。

手前の道には、子供達がうずくまって遊んでいるのでしょうか。絵の右側では、建物の入り口で女性が座って刺繍か編み物か、作業をしています。日向ぼっこなのかな、とも思ったり。
そして、中央奥では、女性がブラシか箒に手を伸ばすように身を屈めています。
これが、当時のオランダの日常的な風景だったのかな、と思うような景色です。
レンガ造りの建物の下の方だけ白いのは、石灰塗布して、消毒を行なっていたからだと考えられます。17世紀のオランダ人は、カルヴァン派のキリスト教の影響で、ものすごく綺麗好きで、常に掃除をしていたそうです。綺麗にしないのは、恥であり、罪であると捉えられていました。
そう言われてみると、通りも家もとても綺麗ですね。江戸の丁稚も毎日通りを掃いていたと言いますから、宗教は違えど綺麗好きなのも、日本人と似ていたのかもしれません。
しかし、今のオランダの都市は、ゴミだらけで汚なくて、少し悲しくなりました。
フェルメールのサイン

この絵には、フェルメールのサインが入っています。サインにはいくつか種類があるようですが、「i-VMeer」と書かれているように見えます。フェルメールの本名は、Jan van der Meer van Delftなので、Meerという文字が書かれていることが多いようです。
サインってなんだかカッコいいですよね。
個人的に気になったのは、サインの上の蔦の色合い。

ちょっとグレーというか、青っぽいんですよね。
花でも咲いていたのか、蔦の緑の光の反射なのか。こんな端っこなのに、描写がとても細かいなと感じます。本物をみると、光を反射して、キラキラ光ります。
本物の絵には、本物の絵にしか出せないキラメキがあります。
まとめ
- 『牛乳を注ぐ女』…文字通り、牛乳を陶器の器に注いでいる女性の絵
- 『手紙を読む青衣の女』…妊婦のようなラピスラズリブルーの服の女性の絵
- 『小路』…綺麗好きのデルフトの街の風景
フェルメール好きの妻に、押されるように、オランダに旅行へ行ったのですが、実物を見ると、やっぱりいいですね。
フェルメールの作品は、1度世界から忘れられたなどと言われることがありますが、市場価格で見ると、常に平均より高値が付いていたという記録が残っています。
実物をみると、ずっと愛されてきた絵画であったという気がしてなりません。
参考文献・サイト
- 『フェルメール論 増補新装版: 神話解体の試み』小林頼子著 八坂出版 2008
- 『フェルメールへの招待』朝日新聞出版 2012
- 『描かれた器 絵画と文学のヨーロッパ陶磁』大平真巳 2021 平凡社
- “Netherlands” Sage Publishing (https://sk.sagepub.com/ency/edvol/consumption-waste/chpt/netherlands#_)2025.3.19アクセス
- “Limewash: An Old Practice and a Good One” National Park Service(https://www.nps.gov/articles/limewash-an-old-practice-and-a-good-one.htm)2025.3.19アクセス
- “The Little Street” Rijksmuseum.nl(https://www.rijksmuseum.nl/en/collection/object/View-of-Houses-in-Delft-Known-as-The-Little-Street–a7dbf937cbd6f7c30f66f8aca4a0207c)2025.3.19アクセス
脚注
- 『牛乳を注ぐ女』に描かれた「青い陶器」について
おそらく、ドイツのライン川流域 Westerwald 地方で作られた Steinzeug と呼ばれる炻器(高温焼きの陶器)に、紺色の釉薬が塗られたもの。安価で丈夫なため、ライン川を下って、運ばれ、オランダやフランドル地方に広く普及していました。オランダはライン川の河口にあるので、流通の拠点になっていました。 ↩︎



コメント