フィンランドのアラビアってどんな会社? トイレからムーミンマグカップまで

フィンランドのアラビアってどんな会社?トイレからムーミンマグまで 文化・生活

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 こんにちは。ズッキーです。

 フィンランドのARABIA(アラビア)という陶磁器ブランドをご存知でしょうか?

 日本では、ムーミンのマグカップで有名な会社です。私のニョロニョロマグカップはすでに使い込んで、中は、茶渋だらけです。底を見ても……その、生活感にあふれています。わざとですよ、わざと。

ムーミンマグカップ_アラビアARABIA_ニョロニョロ_hattivatti
愛用しているARABIAのムーミンマグカップ(ニョロニョロ)

 フィンランドに興味のある方なら、言わずと知れた洋食器のブランドです。

 しかし、このブランドに関して、ずっと不思議に思っていたことがあります。というのも私が最初に認識したのは、トイレの便器のメーカーとして・・・・・・・・・・・・・・、だったからです。

フィンランドのアラビア製のトイレ。ロゴの入ったレバーを上に引くと水が流れる
フィンランドのアラビア製のトイレ。ロゴの入ったレバーを上に引くと水が流れる。

 留学生時代に、アパートのトイレのレバーにアラビアのロゴが描かれていたのが、私が最初にアラビアという名前をきちんと認識した瞬間でした。

 素材は同じですが、「食器と便器が本当に同じメーカーなの?」と疑問に思っていたので、調べてみることにしました。

 

 

アラビアは元々スウェーデンの会社が作った?

 アラビアは元々、スウェーデンのRörstrand(ロールストランド)という陶磁器メーカーの子会社でした。

 ロールストランドは、1726年創業のヨーロッパで3番目に古い、スウェーデン王室御用達の窯です。1873年に、この会社がフィンランドの首都ヘルシンキ郊外の「アラビア」という土地に工場を建設する許可を得ます。これがアラビアという名前の由来です。

 フィンランドは、当時、フィンランド大公国(1809年〜)というロシア帝国の自治領でした。ロシアに製品を輸出する場合、スウェーデンから輸出するより、フィンランドから輸出した方が関税が安くなることが、ロールストランドがフィンランドに工場を建てた理由です。

フィンランド大公国国境線と年
フィンランド大公国の領土

 当初は、ロールストランドの既存のデザインを使った食器類を製造していましたが、1880年代に入ると、Gustaf Herlitzが技術監督として入り、デザイナーが招かれ、独自の装飾部門が作られます。

 1900年のパリ万博では、Thure Öbergのアラビアの作品が金賞を受賞します。

 

 

巨大インフラ企業アラビア

 アラビアは、かなり初期から衛生用品および暖房・建築器具の製造に取り組んでいました。

製造開始年特徴
衛生用品
(トイレ・洗面台)
1874年ヘルシンキ&タンミサーリで製造
暖炉
(タイルストーブ)
1873年マヨルカ焼きの装飾タイル
建築用タイル1880年代建物の外装や内装、公共施設向け

 1874年には、暖炉用のマヨルカ焼きタイル(オランダのデルフト焼きと同じ錫釉陶器)が爆売れしたそうで、ドイツのライプツィヒに売買用の代理人を立てないといけないほどでした。今では想像がつきませんが、暖炉用のタイルはかなりの主力商品だったということになります(1930年代に、セントラルヒーティングが中心となり衰退)。

フィンランドのアラビア製暖炉。kaakeliuuni 1912; Arabia Oy, malli nro 71. Obtained from Helsinki City Museum (CC BY 4.0)
フィンランドのアラビア製暖炉(1912)。Arabia. uuni; kaakeliuuni; Arabia Oy, malli nro 71. Obtained from Helsinki City Museum (CC BY 4.0)

 1891年には、大規模な窃盗事件も発生し、50人の従業員が起訴されました。逆に言えば、それだけ利益を生んでいたと考えていいでしょう。

 1916年、第一次世界大戦の混乱の中、アラビアは、ロールストランドから完全に独立。1917年のフィンランドの独立と歩みを合わせるように、独自の道を進み始めます。Gustaf Herlitzの息子、Carl-Gustaf Herlitzが跡を引き継いで、生産プロセスの自動化と効率化を徹底することで、世界恐慌も乗り越えます。すげーわ。

 1940年代には、アラビアは「世界最大の陶磁器工場」と呼ばれるくらいの規模になり、2000人以上の従業員を雇用し、全盛期を迎えます。

 ここまでみると、実は、めちゃくちゃすごい企業であったことがわかります。

 

美術部門の設立と衛生磁器部門の分離

 1932年、Kurt Ekholmが芸術監督に就任。アラビア内に美術部門ができます。これは、デザイナーに自由な創作活動の場を提供することで、その成果を産業デザインに還元するという画期的な試みでした。

 この部門から、Michael Schilkin、Birger Kaipiainen、Rut Bryk、Toini Muonaといった名だたるデザイナーが輩出されることになります。

 さらに、1945年、Kaj Franckが雇われました。彼が1953年に発表した『Kilta』シリーズが革命を起こします。それまでは「豪華なお揃いのセット」で買うというのが普通だったそうなのですが、必要な個数を必要なときに買うことができるようになりました。『Kilta』シリーズは、無地のシンプルなデザインで、積み重ねがしやすいなどの機能美を追求しました(のちに『Teema1』に改良)。

 1960年代には、Ulla Procopéを中心として、新しい耐熱素材であるストーンウェアの開発に成功しています。

 こうした流れの中で、衛生磁器部門が分離します。工場の製造能力を最適化するために、1969年、ヘルシンキの工場からタンミサーリの工場に製造が移管されたのです。

 下の年表のとおり。

年代組織・ブランドの変遷詳細
1969年Wärtsilä Tammisaaren Posliini設立衛生用品の生産を新工場へ移管
1971年アラビア内での衛生陶器生産終了全ての生産がタンミサーリの会社へ
1990年Sanitecの設立複数の北欧衛生用品メーカーを統合
1991年IDO Kylpyhuone(IDO Bathroom)への改称「アラビア」からの完全な分離

 どうやら、アラビアのマークのトイレは1991年までは作られていたようですね。私の大学のアパートのトイレもその頃のものであるようです。その割には綺麗だったな。

 IDOのマークはフィンランドのトイレでたまに見かけます。アラビアの後継だったとは知りませんでした。

 

ムーミンデザインの登場

1950年代:子供向けムーミン食器セット

 1950年代は、アラビアのデザイン食器が盛り上がっている時代です。

 この頃、トーベ・ヤンソンのムーミン小説・シリーズが続々と発表されます。劇として上演されたりと、フィンランド国内で人気が出ていました。

 この2つの人気が合わさる形で、原作者トーベ・ヤンソン自身が装飾を施した子供用食器セットが製造されました。

 しかし、このときはあくまで子供用という位置付けでした。

 

1990年:現代のムーミン食器シリーズ誕生

 1990年、再びムーミン食器が作られます。1990年から放送された、日本・フィンランド・オランダ共同制作のアニメ「楽しいムーミン一家」が世界的なヒットとなったからです。

 このとき、Tove Slotteというデザイナーのもと、Teemaという完成されたデザインに、ムーミンのイラストを描く手法を確立しました。この際、トーベ・ヤンソンにも原画を入れる許可を得ています。

2025年に発売された80周年記念マグカップ

 こうして、現在まで続く、ムーミンマグカップ・シリーズが生まれました。

 ちなみに、2024年の6億8000万ユーロ(約1,250億円)にも及ぶムーミン・ビジネスの売り上げのうち、5割弱を日本が占めているそうです(Cf. 日経新聞およびMONOCLE)。

 

付録:アラビアの親会社の変遷

 現在、アラビアはフィスカース・グループ(Fiskars Group)の傘下の企業です。ウェッジウッド(Wedgwood)も、ロイヤル・コペンハーゲン(Royal Copenhagen)も同じグループです。

年代親会社背景
1873 – 1916ロールストランドロシア市場への輸出拠点 
1916 – 1947フィンランド投資家グループ (独立期)第一次世界大戦によるロールストランドの経営難(1920年代、一時的にArnholdグループが筆頭株主に)
1947 – 1990ヴェルツィラ
Wärtsilä
第二次世界大戦後のインフレと生産コスト増
1990 – 2007ハックマン
Hackman
2003年、グループ内の社名を「イッタラ」に変更。この時期にアラビア、イッタラ、ロールストランドが統合
2007 – 現在フィスカース
Fiskars Group
イッタラ・グループを買収。現在は同社の高級ライフスタイル部門のブランドとして存続

 20世紀初頭までは、売り上げの3分の1がロシア市場だったことを考えると、この市場の広がりは凄まじいものがあります。

 

まとめ

アラビアの変遷とまとめ
  • アラビアはロールストランドのロシア市場進出のために、子会社として創業
  • 初期のアラビアは、暖炉のタイルやトイレなども手掛けていた
  • 工場の効率化のために、食器部門と衛生部門が分離
  • アラビアは、北欧デザインを代表する食器ブランドへ
  • 現在のムーミンマグシリーズが生まれたのは、1990年〜
  • 私のアパートのアラビア製トイレは1991年以前のものらしい

 汚れにくく、衛生的であるということは、トイレだろうと、食器だろうと変わりません。アラビアがフィンランドの国民的ブランドであるのは、生活の色々な面を支えてきた歴史があるからなのですね、きっと。

 それでは〜。へいへい!Hei hei!

 

参考文献・サイト

 

 

脚注

  1. Teemaというデザインへの感想
    ぶっちゃけ、私はTeemaの食器の形が好きではありません。マグカップはいいのですが、ボウルや皿は、もう少し柔らかさがある方が好きです。しかし、こういう機能美が斬新だったという歴史があるのを知ると、あの形がしっくりときました。 ↩︎

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