ラップランドに暮らす、ヨーロッパ唯一の先住民族、サーミ人。
彼らのルーツについて、あなたはどれくらい知っていますか?
- 言語:サーミ語はアジア系の言葉なの?
- 歴史:サーミはいつスカンディナヴィアに来たの?
- 遺伝:サーミのルーツは意外と幅広い!?
この記事では、サーミ人の歴史を、言語、歴史、遺伝子の3つの視点から、初心者にも分かりやすく解説します。
サーミとは?
サーミ(サーメ)とは、ヨーロッパ唯一の先住民族です。
伝統的にはトナカイ遊牧や漁業、狩猟を生業としてきました。
サーミ人は、スカンディナヴィア半島北部の北極圏を主な居住域としています。この地域は北欧諸国では、”Lapland“と呼ばれ、サーミ語では”Sapmi“と呼ばれています。
ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアの4つの国にまたがるエリアです。

現在、サーミの総人口は、7.5〜10万人程度とされ(thl.fi)、国別の人口は以下の通りです。。
| 国 | 人口 |
| ノルウェー | 50,000人 |
| スウェーデン | 20,000人 |
| フィンランド | 8,000人 |
| ロシア | 2,000人 |
サーミ語話者は、このうち、20,000〜25,000人程度と言われています。歴史的な同化・分離政策や経済的環境によって、全員がサーミ語を話せるわけではありません。
この点は、日本におけるアイヌを思い浮かべていただけるとわかりやすいです。
サーミ人の言語的ルーツ:サーミ語とウラル語族
「サーミ」という名称とフィンランド人との関係
フィンランド語で、フィンランドを”Suomi“と言います。
この”Suomi”(スオミ)という言葉、”Sámi”(サーミ)と似ていると思いませんか??
それもそのはず。サーミ文化研究者のVeli-Pekka Lehtola先生によると、この2つの言葉は、同じ語源を持つ言葉です1。
サーミ語のルーツ
このような言葉の繋がりは、偶然ではありません。
実は、サーミ語とフィンランド語は、言語的に非常に近い関係にあります。サーミ語とフィンランド語は、ともにウラル語族という大きなグループに属しているからです。ウラル語族は、ロシアのウラル山脈周辺から広がったと考えられています。
ウラル語族はアジア系の言葉??
ウラル語族がユーラシア大陸から広がったことから、「サーミ語やフィンランド語はアジア系の言葉だ」と主張されることがあります。
しかし、これは誤解です。
サーミ語は、他の多くの言語と接触を繰り返しながら発展してきた、独立した別の言語です。
日本語が、中国語由来だと言われれば、それは違うと感じるのと同じことです。
サーミ語の種類
サーミ語は単一の言語ではなく、10の言語(サーミ諸語)に分類されます。
| 名称 | サーミ語表記 | 英語表記 | |
| 1 | 南サーミ語 | Oarjiel sámegiella | South Sámi |
| 2 | ウメサーミ語 | Ubmi sámegiella | Ume Sámi |
| 3 | ピテサーミ語 | Bihtàn sámegiella | Pite Sámi |
| 4 | ルレサーミ語 | Julev sámegiella | Lule Sámi |
| 5 | 北サーミ語 | Davvi sámegiella | North Sámi |
| 6 | イナリサーミ語 | Aanaar sámegiella | Inari Sámi |
| 7 | スコルトサーミ語 | Nuortalaš sámegiella | Skolt Sámi |
| 8 | キルギンサーミ語 | Gieldda sámegiella | Kildin Sámi |
| 9 | アッキルサーミ語 | Áhkkil sámegiella | Akkala Sámi |
| 10 | テルサーミ語 | Darjji sámegiella | Ter Sámi |

面白いことに、隣り合うサーミ語同士では意味が通じても、地理的に離れたサーミ語同士では、意思の疎通は困難だといいます。
また、同じサーミ語内にも方言があるため、ひと口にサーミ語といっても、その中身は複雑です。
フィンランドでは、特に以下の3種類のサーミ語が話されています。
| 話者人口 | |
| Northern Sámi 北サーミ | 2,000 |
| Inari Sámi イナリ サーミ | 400 |
| Skolt Sámi スコルト サーミ | 300 |
このようなサーミ諸語の多様性は、サーミがたどってきた歴史の複雑さを反映しています。
歴史・考古学が示すサーミ人の起源
サーミ人のスカンディナヴィアへの定着
サーミ人の祖先がスカンディナヴィア半島周辺に移住したのは、1万年前と言われています。約6,000〜7,000年前には、野生のトナカイを狩猟して生活していたことが、次の遺跡から推測されています。
- スウェーデンのラポニア地域にある住居跡(約6,000〜7,000年前)
- ノルウェーのアルタの岩絵(約6,200〜2,500年前)
サーミ人とフィンランド人の関係
およそ4,000〜3,000年前の青銅器時代に、サーミ人とフィンランド人は分かれていったと考えられています。
当時のスカンディナヴィアでは、沿岸部に住む人々が、西側諸国の影響を受けて農耕を始めました。このグループがフィンランド人の祖先です。一方、内陸で狩猟採集を続けたグループが、サーミ人の祖先になったとされています。
- 沿岸の農耕グループ → フィンランド人
- 内陸の狩猟グループ → サーミ人
つまり、言語学者Pekka Sammallahtiが言うように、
インド・ヨーロッパ化したサーミ人がフィンランド人である
と考えることができます。
サーミ文化の発達
フィンランド人と分離したサーミ人は、独自の文化を発展させていきます。
- 紀元前800年頃 − サーミ文化の独立(サーミ語の分離など)
- 紀元前1000年間 − 移動に適した生活様式へ
- 住居の変化(竪穴式住居 → 芝小屋住居gamme)
- 道具の変化(重い道具:金属器・土器 → 軽い道具:骨角器・木器)

1〜11世紀には、サーミの居住域は、バルト海・ラドガ湖(サンクトペテルブルク近く)〜北極海・白海まで広がりました。

ヨーロッパ人との接触
| 年代 | 書物 | 記述 |
| 98年 古代ローマ | 『ゲルマニア』 タキトュス著 | Fenniという原始的な狩猟生活を送る人々 「恐ろしく野生的で、困窮した人々」 当時のローマ人の視点を反映。 |
| 6世紀 東ローマ帝国 | 『Geographia』 プロコピオス著 | 「skrithiphinoi(スキー・フィン)」 というスキーで狩りをする人々 |
| 9世紀〜 イギリス | 『アングロサクソン年代記』 | 「scride-finni(スキー・フィン)」 ノルウェーによるトナカイなどの税徴収 |
| 13世紀 ノルウェー | 『ヘイムスクリングラ』 スノッリ・ストゥルルソン | 「Finnar/Finns(フィン人)」 強力な魔術の使い手2 |
| 1555年 スウェーデン | 『北方民族文化誌』 オラウス・マグヌス | 「Lappar(ラップ人)」 狩猟や宗教儀式、結婚など |
| 1811年 スウェーデン | 『ラップランド地方への旅』 カール・フォン・リンネ | 「Lappar(ラップ人)」 自然と深く結びついた生活 |
| 1910年 スウェーデン | 『サーミ人についての話』 ヨハン・トュリ | サーミ人自身による 最初のサーミの生活誌 |
サーミ人は決して、自分たちだけの閉じた世界で、狩猟採集に勤しんでいたわけではありません。
▶︎(関連記事)スコルト・サーミのおばあちゃんはなぜ7ヶ国語を話せるの?
歴史上に現れる頻度はそこまで高くはありませんが、古くはローマ人やヴァイキングの人々、そして、ロシア・ノルウェー・スウェーデン・デンマークといった国々と関わりながら、生活を営んできました。
これらの記述を見ると、時代によってサーミ人への見方が変化していることがわかります。
- 古代のローマ人からは「野蛮な人々」
- 中世のヴァイキングからは「強力な魔術の使い手」
- 近代の学者からは「自然と調和する人々」
サーミ人は、外部から様々なイメージを投影されてきた、複雑な歴史を持つ民族なのです。
また、19世紀から20世紀には、ナショナリズムの高揚に伴う、同化・分離政策により、定住しないサーミは「尖った存在」として扱われました。
その交流の歴史は、彼らの遺伝子にも色濃く刻まれています。
遺伝子からわかるサーミ人の起源
サーミ人の遺伝的構成は、単一の系統ではなく、複数の系統が混じり合っていることが科学的に証明されています。
サーミ人の遺伝子は「シベリア系」と「ヨーロッパ系」
サーミ人の遺伝的ルーツを分析すると、大きく分けて2つの系統が見つかります。
| 大分類 | 祖先系統 |
| ウラル語族系 | シベリア祖先 (Siberian) |
| ヨーロッパ系 | 東ヨーロッパの狩猟採集民 (Eastern hunter gatherer) |
| 西ヨーロッパの狩猟採集民 (Western hunter gatherer) | |
| 中近東起源の初期農耕民 (Early Neolithic farmers) | |
| カスピ海周辺起源のヤムナヤ文化遊牧民 (Early Bronze Age steppe people) |

サーミに特徴的な遺伝的な構成は、シベリア祖先の系統です。
これは、ウラル語族の言語を話す人々に広く共通している遺伝子で、サーミ人もシベリアから移動してきた人々の血を引いていることを意味します。

常染色体の分析によると、シベリア祖先の系統が、サーミ人の遺伝子の〜30%を占めています。
逆に言えば、残りの70%以上が、他のヨーロッパ人と同じ遺伝子を持っていることになります。これは、サーミ人の祖先がヨーロッパ人と接触・交流してきた歴史を表しています。
サーミ人は遺伝的に複数のルーツを持つ民族なのです。
フィンランド人との関係

考古学の章でも触れたように、フィンランド人の祖先は「インド・ヨーロッパ化したサーミ人」だと考えられています。
遺伝子の観点から見ても、そのつながりは明らかです。

実際の遺伝子の構成を見てみると、サーミ人と同じ、シベリア祖先の遺伝子を持ちながらも、その割合は8%ほどで、かなり低いことがわかります。
これは、フィンランド人が西欧諸国との交流を行ってきた歴史を反映していると言えます。
まとめ
この記事では、サーミ人の複雑なルーツを多角的に紐解いてきました。 主なポイントを振り返ってみましょう。
- 言語: フィンランド語と同じ、ウラル語族に属している
- 歴史: 1万年前から北欧に定住し、ヨーロッパのさまざまな民族と交流を重ねてきた
- 遺伝子: 常染色体の約3割がシベリア由来である一方、7割はヨーロッパ系で構成される
「サーミはシベリアを起源とする人々」という表現は、彼らのルーツの一面に過ぎません。サーミ人は、ユーラシア大陸の東と西、双方の歴史と遺伝子を受け継ぎながら、独自の文化を育んできた、「ヨーロッパの民族」の一つでもあります。
彼らのルーツは、単一の点ではなく、複数の系統が混ざり合ったグラデーションになっているからこそ魅力的なのだと思います。
サーミの奥深い歴史を知ることで、北欧旅行をより楽しんでもらえると嬉しいです。
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参考文献・サイト
- 『Laponian Area』UNESCO(https://whc.unesco.org/en/list/774/)2025.9.19アクセス
- 『Rock Art of Alta』UNESCO(https://whc.unesco.org/en/list/352/)2025.9.19アクセス
- Tambets, K., Yunusbayev, B., Hudjashov, G., Ilumäe, A. M., Rootsi, S., Honkola, T., … & Metspalu, M. (2018). Genes reveal traces of common recent demographic history for most of the Uralic-speaking populations. Genome biology, 19(1), 139.
- “THE SÁMI PEOPLE TRADITIONS IN TRANSITION” Veli-Pekka Lehtola 2004 translated by Linna Weber Müller-Wille UNIVERSITY OF ALASKA PRESS
- Takala, H. O. The Ristola Site In Lahti And The Earliest Postglacial Settlement Of South Finland (Lahti City Museum, 2004).
- 『ラップ語入門』小泉保 著 1993 大学書林
- 『ウラル語統語論』小泉保 著 1994 大学書林
- 『ノルウェーのサーメ学校に見る先住民族の文化伝承 ハットフェルダル・サーメ学校のユニークな教育』長谷川紀子著 2019 新評論
脚注
- SámiとSuomiの語源について
言語学者の小泉保先生によると、”Sámi”(サーミ)という名称の原形は、”sama”という形で、フィンランド語の”Häme”(ハメ人)に対応します。
ハメ人は、今でいう “Hämeenlinna” のあたりに住んでいた人々で、現代フィンランド人を構成する主要な部族の一つです。
ハメ人の主な拠点
つまり、これが正しければ、”Sámi”(サーミ)も、”Suomi”(スオミ)も同じ”Häme”(ハメ人)という言葉から来ていることになります。サーミ人とフィンランド人がとても近い関係にあることが感じられて、なんだか面白くありませんか?? ↩︎ - サーミ人の魔法や魔術
『ヘイムスクリングラー北欧王朝史ー(一)』(スノッリ・ストゥルルソン著 谷口幸男訳 2008)のハラルド美髪王のサガには、スネーフリーズというフィン人(サーミ人のこと)が出てきます。ハラルド王は彼女に(魔術的に)魅了され、首ったけになって、王の責務を忘れる様子が描かれています。また、死んでもなお3年の間、生きているかのように血色を保ち、王が夢中になるほどでした。王が我に返って、死体を動かした途端、悪臭がたちのぼり、蛇やトカゲやヒキガエルなどが這い出してきたということです。
ユングリングサガには、フィンランド人女性のドリーヴァが「三年で戻る」と言った夫が10年経っても帰ってこないので、帰ってくるように魔法をかけさせるシーンも出てきます。
オラウス・マグヌスの『北方民族文化誌』にも、フィンランド人が魔法を使う場面があるので、サーミ人やフィンランド人は魔法を使うというイメージがあったのかもしれません。 ↩︎






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