北欧先住民サーミについて調べていると、「Bear Feast(熊の饗宴)」という儀式があることを知りました。
このクマの儀礼は、サーミの信仰に深く関わる部分なので、サーミがたどった民族の歴史を理解するには、とても重要な内容です。
儀式の背景:サーミとクマの世界観
各地に残るクマの墓地
フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、ロシアなどのスカンディナヴィア周辺エリアからは、クマを埋葬した墓地が見つかっています。
特に、サーミが住んでいた地域では、クマの骨が、生きていた時と同じ配置で並べられた状態で見つかっています。その骨は、サーミが神聖な場所と考えていた、自然の洞窟や岩の下(SieidiやSeideと呼ばれる、霊界Sáivaとこの世を繋ぐ場所)から発見されています。
この習慣は、紀元後300〜1800年代まで続く、北欧で最も長く続いた埋葬伝統です。
クマがこのように埋葬された理由は、クマが再生を司る生き物だと考えられていたからです。
(以前、ブログで書いたサンタクロースの起源とも繋がるところがある気がします)
「クマは再生する動物」という信仰
クマは、冬眠する動物です。
齧歯類やコウモリも冬眠しますが、成獣では2mにもなる動物で冬眠するのは、クマくらいのものです。
クマは、冬になると、穴に籠って冬眠し、春になると再び地上に現れます。このサイクルは、sáiva(霊界 ≒ 地下世界)からの再生や転生と結びつけられました。

また、北欧で最も大きい地上動物の一角を成すクマは、力の象徴でもありました。
つまり、クマは、霊的にも、物理的にも、力を持った存在とされたのです。このような考えから、クマに対する信仰が生まれたと考えられます。
また、クマが信仰された理由は、これだけではありません。クマは、人間に極めて近い存在だと考えられていました。
人間らしいクマ:ヒトの言葉を理解する存在

クマは二本足で立ち、前足を手のように使います。
骨格や身体的な形状が、人間と似ていて、顔に表情があり、人間のように涙を流します。雑食で、人間と似た排泄物を出し、時には自慰もします。家(巣)を作ることもできます。
このように、人間に似た特徴を持つことから、サーミの人々は、クマが人間の言葉を理解できると考えていました。
つまり、クマは自然と人間を繋ぐ存在であり、ひいては、神と人間を繋ぐ存在だと考えられます。
神の犬:クマ
サーミは、クマを「神の犬(Guds hund)」や「最も神聖な生き物」と考えていました。
そして、クマを得る(狩猟する)ことで、その力や特性を人間も得ることができると考えていました。

しかし、やたらめったらクマを殺していいわけではありません。クマを狩るには、適切な儀式が必要で、その儀式を経ることで、サーミの人々は、”lihkku”と呼ばれる幸運(単なる幸運ではなく、道徳的行動によって得られる幸運)を得ることができました。
ここからは、その儀式の内容について、詳しく説明していきます。この神話に登場する『真鍮の目印』『肉の分け前』『復活・再生』といったモチーフが、これから説明する『クマの饗宴』 の重要な儀式となって再現されます。
サーミにおけるクマの神話
サーミのクマの儀式「クマの饗宴」は、サーミに伝わる神話を元に進行します。
その内容には、いくつか種類があるようですが、ここでは、南部のサーミで伝えられていた神話を、17世紀のスウェーデン人牧師Fjellströmという人が記録したものをご紹介します。
全文を書くと長くなるので、ポイントだけ抜粋すると、このような話になります。
- 三人の兄弟に憎まれた一人の妹が荒野へ逃亡し、疲弊の末、雄のクマの冬の巣穴にたどり着く。
- クマは女性を妻として迎え入れ、二人の間に息子が生まれる。彼らは共に生活する。
- クマは年老いて死期を悟ると、妻に、自分の命をこれ以上続けたくないことを告げる。
- クマは妻に、新雪の上に足跡をつけ、三人の兄弟に自分を包囲・殺害させるよう指示する。また、息子が誤って殺さないよう、自分の額に真鍮の破片(目印)を置くよう命じる。
- 狩人がクマを殺した後、クマの息子がやって来て、額の真鍮の破片で父を認識し、肉の分け前を要求する。拒否されると、息子が大釜をかき混ぜ、クマを復活させようと脅し、大釜を激しく煮立たせる。兄弟は恐れて分け前を与える。
ちなみに、上の話の「5」でクマの肉の分け前を、妻であり妹である女性が要求するバージョンもあります(トマスドッター版)。
いずれにせよ、クマは自分の意思で、ヒトに自分の肉を渡します。
また、この物語から、クマは人間の祖先的存在であり、死んでも復活できる存在でもあることがわかります。
そして、この物語に出てくるいくつかのモチーフが、儀式の進行にも関係する重要な要素にもなります。
儀式の内容
狩猟と帰還の儀式
儀式には、いくつかの禁止事項がありました。
先ほども説明した通り、クマは、人間の言葉や思考を理解できるほど賢いと考えられていました。そのため、サーミ語で「クマ」を表す”guovža”(北サーミ語)や”duvrie”(南サーミ語)という単語は、クマに狩りの意図がバレてしまうので、使ってはいけませんでした。
代わりに、”áddja”(祖父)、”muodd-aja”(毛皮のお祖父さん)などの親族を呼ぶ表現や、 “puold-aja”(丘の老人)、”basse-váise”(聖なる獲物)などの婉曲表現が使われました。
アラスカの先住民族でも、この手の「動物が人間の言葉がわかるから、〇〇の話をしてはいけない」というタブーは結構あるので、似たものを感じます。離れていても、狩猟民族文化というのは、似かよるのですね。不思議です。
狩りの準備:狩りの成功祈願と肉体・精神のお清め
まず、冬になる前の新雪の時期に、狩人の男たちはクマのねぐらの目安をつけておき、巣がありそうな場所の周辺に大きな円状の足跡を残しておきます。

そして、春が近づくと、サーミのシャーマンnoaidiがサーミドラムと呼ばれる太鼓を使って、神に狩りの成功の予言をもらいました。
こうして、クマ狩りの実行日が決まると、クマ狩りの前に、狩人は数日間、家族と離れて暮らし、沐浴、断食を行います。
クマは、ご先祖様かつ霊的な存在であるわけなので、神様に意見を聞きつつ、肉体的にも、精神的にも清めて、会うわけです。
狩り本番:冬眠から起こしてから狩る
クマの狩りは、冬眠しているクマを起こしてから行われました。
寝ている間に、体外を彷徨っているクマの魂が肉体に戻ってから狩らなければ、クマの魂が危険な悪い霊となると信じられていたからです。
クマは狩られると、その場に1日安置します。
霊的な存在に無礼があってはいけないから、寝ている間に殺すという不意打ち的なことをしてはいけないのかなと受け取りました。知らんけど。
帰還の儀式:クマの強い霊力を中和する
狩人の男たちは、トナカイに真鍮の輪をつけて、クマを引かせました。
(真鍮は、クマの霊力を中和する役割を果たすようです)
狩人たちは、女性たちに帰還を知らせるため、Vuellie(ヨイクの一種)を歌いながら、帰還します。
女性たちは、麻の布を被って待機していて、直接クマを見ることは禁止されていました。そのため、真鍮の輪っかを通して、クマを見ました。また、帰ってきた狩人たちに、噛んで潰したハンノキの樹皮の汁(赤い色の樹液)を吐きかけなければいけませんでした(ハンノキの赤い樹液は、狩りの神Leaibeolmaiとの繋がりを作り、魔除けの効果があるとされています)。最後に、使っていた真鍮の輪を男性のベルトに付けました。
また、戻った狩人たちは、家に入る時、通常の入り口ではなく、裏口(boaššu)から家に入らなければいけませんでした。
クマがまだ生きていた時の姿を保っている間は、クマの霊力が強すぎて、人間に悪影響を及ぼしてしまうから、おそらくそれをお祓いしているんだなと思ったり、思わなかったり。
サーミの家の構造については、別記事で書いています
饗宴
饗宴は、女性が入れない特別な小屋で行われました。クマの骨は折ってはならないとされたため、細心の注意をもって、肉と骨が切り離されました。きちんと細かく処理された肉のみ、女性は食べることができました。
男性はこの特別な場所で、女性は日常の小屋で食事をし、女性はクマの血、心臓、骨など、特定の部位を食べることを禁じられていました。女性がクマの間違った部位を食べると、次にクマを狩るときに、クマが怒って襲いかかってくるとされていたのです。
実際問題としては、子供を作る女の人に悪影響があってはいけないから、食べれる肉の部位を分けたのではないかと思います。知らんけど。
浄化と再生
男性狩人たちは、クマの肉を食べ終えると、樺の灰汁で身体を洗って清め、クマを真似た唸り声を上げながら聖なる裏口と通常口を走り抜ける浄化の儀式を行いました 。この後、クマを撃った男の妻が夫を捕まえ、次のクマ狩りがいつ成功するかを問うことで、狩りのlihkku(繁栄)を未来に繋ぐ役割を果たしました。
饗宴の後、クマの骨は集められ、生きていた時と同じ配置になるように並べられ、穴や岩の下に埋葬されました。このように、骨が完全に残っていることで、クマがsáivaで新しい肉体を成長させ、再生し、再び獲物として地上に戻ってくるために必要なことと考えられていました。
犬がクマの骨を持ち去った場合は、代わりに犬の骨が捧げられました。
最後に、クマの毛皮を女性たちが目隠しをした状態で、弓矢で射る儀式が行われます。矢を当てた女性が既婚女性の場合は、旦那さんが次の狩りのリーダーを務めることになり、未婚女性だった場合は、腕の良い狩人がその女性の旦那さんになることが約束されました。
- 浄化の儀式:クマの霊力を自分に落とし込む儀式と、神聖な生き物を殺したことそのものの穢れを祓ったのかな、と日本人的に考えてみました。
- 再生の儀式:次回の狩りの成功を祈る儀式と自分たちの再生を祈ったのかなと思います。
- 毛皮を弓で射る儀式:これは後付けに見えます。でもむしろ、こっちが目的なのでしょうか? わからん!
儀式の終焉とクマの地位の低下
このクマの饗宴は、現在では行われていません。
理由は、17世紀以降のキリスト教化と、政府による同化・異化政策により、noaidiの太鼓の破壊や、儀式の禁止が強制されたためです。
このような、外的圧力下でも、19世紀初頭まで、このような儀式が続いていたことが、考古学的研究によってわかっています。
こうして、抵抗を続けていた伝統も、農地化や都市化が進み、狩猟・採集生活から離れた社会では、クマの害獣としての認識が強くなったことも、サーミにおけるクマの儀式の衰退の原因かもしれません。
人が森から離れていった結果、日本もクマ問題に直面しているわけです。そんな単純な話でもないと思いますけど!
ところで、このようなクマ儀礼が行われていたのは、サーミだけではありません。隣のカレリアでも、少し違った「クマとの関係」がありました。
ほかの地域のクマ儀礼と信仰
かつては、フィンランドやカレリア地域でも、クマの儀礼が行われていました。
特にカレリアでは、クマとの婚姻を結ぶ儀式が行われていました。これは、死んだクマの魂をお酒や歌で喜ばせ、復讐を防ぐための儀式でした。
面白いことに、このカレリアの儀礼でも、ハンノキの赤い樹液が魔除けの力を持つとされており、ハンノキを薪として使ったりすることで、クマの霊力(väki)を祓いました。
また、カレリアでは、クマの舌、目、耳などの強力な臓器を食べることで、狩人がクマの五感、共通の心、そして歌を獲得し、クマと深く一体化できると考えられていました。
- 共通点
- クマの復讐を防ぐ
- ハンノキが魔除けに使われる
- 違い
- サーミ‥クマと自分たちの再生と存続を信仰
- カレリア‥クマを喜ばせて、クマと一体化する
まとめ:クマの饗宴と信仰
- クマは単なる動物や食料ではなく、再生と狩りの繁栄を司る祖先的な神の使い
- 儀式が衰退したのは、キリスト教化や農地化に加えて、その変化がクマを霊的な存在としてではなく、害獣という存在に変えたことが要因
サーミのクマの饗宴は、儀式の内容だけ見ると、現代人には不可解なものに見えるものもあります。しかし、その本質は、クマの再生の力を借りて、自分たちの狩りの繁栄を未来に繋ぐという儀式でした。
そして、クマは自分の遠い子孫であるサーミの人々に自らの肉体を差し出すことで、サーミと霊界の霊的な橋渡しをしているのです。
当ブログでは、単なる観光情報だけでなく、今回のような「なぜ」北欧文化が生まれたのかという深〜いテーマを、これからもガリガリ掘り下げていきます。今回もお読みいただきありがとうございました!
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参考文献
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